秋田の酒米の話
代表取締役社長 大井建史
百四十一回目の酒造りもいよいよ皆造となり、瓶火入れも休みなく猛然と進めていて、連休直前に酒蔵は静寂を迎えます。
また一造り達成いたしました。総数量としては若干の増石ですが、純米吟醸・純米大吟醸の造りはここ数年大きく増加して来ました。その分蔵人達も気を緩める時が無く、三造り目を終えた一関杜氏も「あっという間でした」との感想、心から慰労したいと思います。
今期の反省会でも色々な話題が出ましたが、若手が増えてくると私やベテランの話が増えて来ます。半年を超える酒造り期間中の油断をしない心構え・一本一本の仕込の大切さ・一本の酒造りの中で自分の仕事がその酒にどの様に影響したかを継続的に呑切りや市販商品を通じて思い知る事等々、最終的には天寿の酒蔵の精神の置き所・心意気までの話となり、その後の飲み会まで延々と続きました。その他にも甑倒し・皆造・和泉会(社員親睦会)と宴会が続きます。本日(四月十二日)矢島の里で最も早く咲き始める天寿前の庚申さんの桜が咲き始めました。心にしみる季節です。
前号でも秋田県の酒米について触れましたが、秋田県酒造組合から酒造好適米の契約栽培をされている湯沢市酒米研究会が最も大きな集団で歴史も長く大変お世話になっています。その他弊社も含め個々の酒蔵との契約栽培グループもあります。
酒造好適米は字の如く酒にしか使えませんので酒蔵の製造計画に合わせて栽培されます。農家が勝手に栽培しても契約がなければ買ってくれるところがありません。ですから全てが契約栽培でなければ成立しませんが、稲刈りが終わり酒蔵が酒造りを始める段階で翌年の契約をしないと契約分の種もみの確保が出来なくなります。翌年に販売する酒造りを始める時に翌々年の酒造りの為の原料米を発注しなければならないと言う難事となる訳です。三十年にわたり減産を余儀なくされた日本酒業界ですから、全体的に弱気の発注になりますし、減産を強いられてきた農家側でも増産には懐疑的になります。そんな三年前の状況ですが、純米大吟醸等の予想以上の好調により増産に対応できず、二年前に酒米不足の騒ぎになった訳です。
酒米は基本的に契約栽培である事を軽視し、発注すれば買える物と勘違いしている酒蔵に大騒ぎしている所が多かったように思いますし、翌年の米不足を恐れ自社のリスク回避のために大量発注し、必要量が確保されると過剰分の数千俵の信じ難い大量のキャンセルを入れた大迷惑メーカーも現れました。
日本酒は原料米が無ければ造る事が出来ません。米価が高く、頼んでも生産性の悪い酒米の栽培が難しく、粘り強い説得で契約栽培集団を作り上げた、三十数年前の天寿酒米研究会立ち上げの頃とは違い、現在は米価の下落で酒米生産を希望する農家は急増しています。しかし、減産と米価の下落が続いても、手間のかかる酒米を造り続けて頂いた酒米農家を犠牲にして、自社の急造酒米グループ作りに走る事無く、今こそしっかりと酒蔵が協力し合って信頼される行動をしていかないと、逆に県内の酒米の生産体制が崩壊する可能性があると警鐘を鳴らしているこの頃です。
皆造を迎えて
杜氏 一関 陽介
雪が例年より少なかった冬も終わり、気が付けば桜の枝の蕾も膨らんで今にも開きそうな気配すら感じる気候になりました。
今期の酒造りも三月二十四日に無事仕込みが終了し、四月十二日に皆造(全て搾って終わる事)を迎える事が出来ました。最後まで事故無くやり抜けた事は、毎日共に酒造りに向き合った蔵人各々がチームワーク良く楽しく仕事に取り組んでくれた事にあると思います。また、今期は仕込みの大きさに大小はありますが、百十七本もの仕込みをする事が出来ました。私達の造る商品を日頃から御愛飲いただいている皆様方のおかげと、本当にありがたく思っております。
振り返ると今年の原料米は良く溶けるという予測で酒造りが始まりました。「良い蒸米にしよう」「どうにか溶け過ぎを防ごう」と原料処理の担当者と毎日蒸米を見ては相談したのを覚えています。
「イメージ通り、天寿らしい酒になるだろうか…」一本目を搾るまで毎年ドキドキのスタートな訳ですが、今期の初めに搾った純米吟醸酒「初槽純吟生酒」がワイングラスでおいしい日本酒アワードで最高金賞を頂くという結果を出す事が出来ました。運もあったのでしょう。しかし、手前味噌になりますが出来る事をしっかりとやり遂げた成果でもあると思います。
今年度の新酒でこのような結果を出す事が出来ましたが、当然喜んでばかりもいられず、四月に入り搾り上がった純米吟醸酒の瓶詰・殺菌作業、今年酒造りに使用した道具の手入・清掃と社員総出で忙しい毎日を送っております。これも皆様に「美味しい」を届ける為。「お客様にお届けするまでが酒造り」を忘れない様、走り続けます!