食を楽しむ
代表取締役社長 七代目 大井永吉
稲刈りも終盤に入り十月八日には初蒸しが行われ、天寿酒造百九十五回目の酒造りが始まりました。
先月は今年の原料米の価格交渉が大詰めを迎え、農協や米問屋等から新米刈り取りの寸前にもかかわらず米の在庫不足が声高に訴えられ、米価安定の為に行われていた政府買い上げの備蓄米は大量にあるにもかかわらず中々放出されず、米価は一挙に高値となりました。これまであまりの低価格で農家は苦しんできましたが、農家から買い取る業者が奪い合うように高値買取に狂奔し前年の二〇〇%を超える価格も出るなど、食糧安保・安定確保とは真逆の現状が日本の食品環境の混迷を深めております。
その米を原料として確保しなければならない業態は、その激変に大変苦しい状況に追い込まれ、不本意ながらも値上げせざるおえなくなると考えます。一番の心配は長年の付き合いではありますが、酒造好適米が飯米の価格と大きく逆転したことにより、今後の契約栽培が継続できるかということ。恐ろしい市況となってしまいました。
只今の私の喜びは料理を味わう事と孫とのふれあいです。おいしい物を食べながら酒を飲み、家族と共に家内の手料理を楽しみながら酒を飲む。まさに至福の時ですね。
日本酒は旨味の酒です。日本食が世界遺産に認められるほど世界に広がっておりますが、その中でうまみを表現する英語はなく「UМAМI」という単語が出来ました。ワインのうんちく話にはマリアージュ(結婚・相性・料理といかに合わせ双方をおいしくするか)という事が重要視されますが、うまみに最も合わせやすいのが日本酒(清酒)なのです。例えば刺身にワインを合わせるとほとんどの場合を生臭く感じますよね?一方日本酒は相乗効果でより深い旨味が感じられます。
醸造酒はただ酔うものではなく、そのマッチングによりお互いを引き立たせ美味しさに深みと喜びをもたらし、コミュニケーションをなごやかでスムースにします。同じ食事でも栄養として取り込むのと美味しさを味わう事との違いは、人生の喜びが倍以上違いますね。
法律の変更で朝の残存アルコール検査が義務付けられましたが、食中の適量飲酒であれば朝までに十分消化されます。
皆様健康には注意して、美味しく食事を味わいましょう。その為にはお酒も一緒により豊かな幸せを味わいましょう。
良い酒
杜氏 一関 陽介
前年度の酒造りが終わり約五か月、あっという間に酒造りの季節がやってきました。昨年の今頃は、洗瓶機・瓶詰め機の更新、それに伴う生産ライン移設工事の真っ只中でした。当然ながら瓶詰めができない状況で酒を搾るわけにはいかないので、工事が順調に進んではいたとはいえ、無事予定通りに稼働まで漕ぎ着けられるのか不安を抱えたまま酒造りをスタートした記憶があります。
今年度は大きな工事もなく、また例年より洗米開始も数日遅いこともあり、続々と精米所に入荷される原料米を観察しながら、米質の予測を参考に原料処理の対策について考える時間を多く取れているように思います。加えて昨年度の酒造りの反省から、継続すること・しないこと、今年新しくチャレンジすること等、頭の中を整理することに集中できているようにも感じています。
さて、今年度産の原料米の状況についてお話します。ここ数年あまり変わらないのですが、五月は比較的低温多雨、六月になると突然暑くなり少雨、七月以降は比較的高温多雨での栽培となりました。特に七月下旬に由利本荘を襲った集中豪雨の際に浸水被害にあった圃場もあり、想像していたよりも収穫量が少ないのが現状のようです。質については、出穂時の異常な猛暑で過去最大級の難溶性となった昨年と比較すると今年は平均気温が低く、大きな障害もなく比較的酒造りがしやすい傾向になるのではと推察しています。
できる限り良い酒にしようという私の想いは毎年同じですが、同じ品種とはいえ気象状況によって生じる米の性質差が年々大きくなってきているように感じ、その米を活かして造る酒の質に造り手の経験値や勘所をとらえられているかが大きく影響することを益々実感しています。
一本一本が美味しい酒であることは重要ですが、天寿の目指している酒ができてこそ良い酒であり、お客様に喜んでもらえるのだと思います。異常気象に堪え、地元農家さんが育てた米の特徴をどう酒に引き出すのか。味や香りを決める麹菌や酵母菌等、蔵で生きる優良な微生物が活躍できる蔵内環境を如何に整えるのか。それが酒の味を決める大きなポイントであり、私達造り手の使命です。
毎年この時期思うのは、「想い」を思い通りに酒で表現するのは簡単ではないということです。お客様からいただく期待や農家さんの想いを含め、酒に関わる全ての人の感情が混じりあうものだからこそ酒造りは素敵だと思うのです。振り返った時に今年度も酒造りが楽しかったと思えるように最後まで気を抜かず、更にお客様の期待を超えられる良い酒「天寿」「鳥海山」ができるように自分にプレッシャーをかけて頑張ります。
令和六年度のお酒にも是非ご期待ください。