桜の咲く頃に
代表取締役社長 大井建史
四月八日に甑倒しが済み、今年も無事に酒造りが終わろうとしている。蔵人の解散も四月二十日と決まり、通信をお届け出来る頃には酒蔵の中も静かな熟成の時を迎える事になる。
新しい釜場の設備を調整しながら様々な試みにより面白い結果が出た物もある。先日山形で出品酒の持ち寄り審査会があった。技術の研鑽の為に県外にも広く門戸を開放してくれている会なので、表彰等は無いがかなりの出品数の中弊社の酒が第一位となり、業界の中では色々な方からお祝いの声を頂きうれしいスタートを切った。
この百八十八回目の酒造りで四十三年間勤めて頂いた佐藤直千代さんが引退される。七十一歳まで引き留めてしまった。急速に若返っている蔵人に天寿の酒造りの姿勢・心構え・雰囲気を伝えてもらいたいと願ったからである。
長い歴史を重ねる為の伝統とは革新の連続で初めて出来るものではあるが、危機感や強い連帯感・長い歴史の中の今を背負っている誇りや共に上を目指す思いなどが存在しないと簡単に無くなるものではないだろうか?同じ時代に生き、たまたま同じ酒蔵に同職し、酒を造るという事を学び、その品質の向上に己の誇りをかけて共に精進して初めて長い歴史を支えた者の一人となり得る。
私が昭和六十年四月に帰省してからの数年が弊社の数量的なピークで、九十九%県内販売でありながら九千八百石の販売量であった。現在の数量の四.五倍。金額で三倍近かった。その後三十年で人口が半減し、今では人口四千六百人六十五才以上が四十一.二%の町になってしまった。最大数量の販売責任者を務めてくれた植田久三氏の葬儀が明日。私が子供の頃から九年前まで麹の要で頭を務め、品質改善に大きく貢献して頂いた高橋重美氏の葬儀は先月の末にあり、驚きと悲しみの中、共に背負ってきた時代を誇りと共に懐かしみ、過ぎ行く時を感じてしまう。
娘達の影響で最近購入したヘッドホンに昨今ハマっている。ノイズキャンセリング機能もあり、「声をかけたよ」と言う家内が隣で寝たことにも気付かず横を見てギョッとしたりと失笑ものだが、それほど集中して音楽を聴くなど何年ぶりの事だろう。
若い頃に聞いた曲達の言の葉が今でもとても新鮮に聞こえる。春・サクラと共鳴する歌のなんと多い事か!!
東京での桜の開花後一挙に東北も咲いてしまうかの勢いだったが、しばらく寒が戻り一休み。秋田でも一番開花が早い日本海沿岸南部では東京から一月遅れで桜が咲き始め、今週中には我が里も、それでも少し例年より早目ながら桜が咲くことになるであろう。
何時でも心にやさしく温かく元気づけてくれるもの。それに会うと故郷を感じられるもの。DNAを震わせるもの。その様なお酒で在りたいものだ。
精進します。
受け継ぐ
杜氏 一関 陽介
四月八日に甑倒しを迎え、今季の仕込みが無事に終了致しました。この文章を皆様がお読みになる時には皆造(搾りまですべて終える事)まで終えている頃と思います。今季の造りも色々ありましたが、蔵人全員大きな怪我や病気もせず、また、日頃よりご愛飲いただいている皆様方の期待に応えるべく最後の一本まで気を抜くことなく酒造りに向き合ってくれました。蔵人メンバーに対しては、「本当にありがとう、お疲れ様、来年もお願いします」という気持ちでいっぱいです。これから夏に向けて、生酒の発売も控えております。皆様には、そんな私達蔵人の日頃の努力の結晶にご注目いただければ幸いです。
さて、今季の造りを振り返ると、何と言っても釜場の大改修が一番の変化でした。使用しているものは大きく変わらなくても、機械の配置や人の動線が変わることによって、作業スタイルというのは変わります。酒屋にとって釜場は中心であり、何より出来上がった蒸米の良し悪しで麹・酒母・もろみに大きな影響を与える心臓部と言っても良いと思います。改修一年目ですので改善・対策すべきことが沢山見つかりましたが、非常に溶けやすかった今年の原料米を限定的な吸水と強力でクリーンな蒸気で締まりの良い蒸米に仕上がったのではないかと感じています。それでも、米が溶けやすいという状況から考えると貯蔵中のお酒の味や香りが変化するのが早いのではないかと心配しているところです。それでもどうにか良い状態でお酒をキープしたいと考え、土日も社員一丸交代制で火入れ作業に勤しんでいます。とにかくその努力が実を結び、皆様に満足いただける酒質になればと願うばかりです。
今季の仕込みを終えると同時に四十三年間釜場担当一筋の蔵人が退職することになりました。天寿の原料処理を支えてきたことは間違いありませんし、私からすると、釜場の作業以外にも蔵人の心構えや礼儀、酒造りの楽しい部分、大変な部分を私に教えてくださったように思います。
「作業は引き継ぐ、技は受け継ぐ」
作業の引継ぎはマニュアル化する事がとても大事です。しかしそれだけでなく、マニュアルでは表せない技や伝統を今後どう受け継ぐのかが「酒造り」には大切だと思います。「昔はこうだった」を理解した上で、今の自分達に必要な物を選択し、今の時代に沿ったものに変えていくことが「受け継ぐ」の本当の意味なのではないでしょうか。
ベテラン蔵人の退職で寂しさはもとより、抜ける穴の大きさを痛感しております。今季の反省もまだこれからなのですが、先人から続く伝統を受け継いで行くことが恩返しになり、それがお客様に伝わる酒に繋がるのだと信じて来季の酒造りに取り組もうと気持ちを新たにする、そんな春です。