今年の造りを終えて
今、造りを終えた酒蔵は、静寂と熟成の時を迎えています。
四月二十日、季節の蔵人達は酒造りと後片付けを終え、充足感溢れる顔でそれぞれ家路に就きました。
造り期間の終盤になると、蔵人は饒舌に成ってきます。普段は口下手の者が多いのですが、今回できなかった事、何故出来なかったのか、どうしたかったのかを、酒を酌み交わしながら一生懸命伝えようとして来ます。思い通り行った事は、こちらが引き出さないとなかなか出て来ない職人らしい人?が多くおります。その為、反省をまとめる会議はしっかり行いました。
杜氏を初めとする蔵人が目指す目標を明確にし、それを実行する為に働きやすい環境を整備する事が、酒蔵の経営者の仕事です。本年126回目の造りが終わりましたが、非常に多岐にわたる仕事が有り、万全を望みながらも、如何に失敗や反省が多いかを残念ながら毎回思い知らされます。どんなに環境を整えても、我々が目・鼻・手・足を使わなくなれば、そして何よりも、より良いものを目指す情熱が無くなれば、その酒蔵は終わります。その仕込み一つ一つに最高を目指す事。いつの時代に成ってもそれは変わる事はありません。そんな思いを胸に、目指すものにどこまで近づけるかへの挑戦の連続です。
さて、四月十八日に仙台局の鑑評会一般公開があり、お蔭様で金賞を受賞しました。杜氏を初め蔵人全員の努力が評価された事と、社員一同喜んでおります。
天寿の出品酒はおだやかでまるい旨味のある弊社らしい酒質でありましたが、全体的な受賞酒を見ますと、香りが強く味の濃い酒が大勢をしめております。ワインの流行により、強い味に慣れ、求められてきた事も有るでしょうが、一方で味の酒と香りの酒のブレンドに頼る出品酒が当然とされ、ブレンド力競争のごとき風潮は、私としては悲しい事であると同時に、天寿の出品酒はその様な受賞酒と距離があり、全国鑑評会には両方のタイプを選択するような許容性は無いと思われます。
地の酒としてのこだわりを、自己満足に陥らずに確立する事。多くの皆様に支えて頂いている事への感謝を羅針盤にし、頑張って参ります。
代表取締役社長
大井 建史
清酒鑑評会
清酒鑑評会は戦前から、日本醸造協会や国税庁、東京農大等色々な団体や形式で、業界のレベル向上の為行われてきた。現在は秋田県・仙台国税局(東北)・国税庁醸造研究所の主催で県・地区・全国の三段階で行われている。入賞する栄誉もさることながら、杜氏を初めとする蔵人が、一丸となって誇りをかけた逸品を世に問う事になる。その緊張が蔵内のレベル向上に大きく貢献している。
蔵のページ
皆造を迎えて
4月7日、102本全てのもろみを搾り上げました。全てのもろみを搾り上げることを皆造(かいぞう)と言います。
皆造にあたり今年の造りを振り返ると、全般的には昨年の異常気象の為か原料米の溶解が悪く例年よりも酒粕がやや多めの年のように思われましたが、酒質の方はふくらみとキレのある天寿らしい酒に仕上がったと思っています。今年の酒造りの出来映えを示す一つの指標となる新酒鑑評会に於いては秋田県の審査では上位、仙台国税局の審査では栄えある優等賞を受賞しました。気になる全国新酒鑑評会の審査は今月19日から始まり5月16日の発表となります。吉報を待つ日々が続きます。
皆造を迎えても酒造りが終わった訳ではありません。前号でもお話したように搾り上げた新酒はわずかに濁りを伴っています。この新酒は底冷えのする貯蔵庫の中で約1週間から10日の間、静置され濁りの素である微細な固形分を沈降させ除き(この事をオリ引きと言います)、最後に濾過を行って清澄な新酒を得ます。そして厳密には仕込み1本ごとに異なる味わいの新酒を調合(ブレンド)し、変わらぬ天寿の味わいに仕上げさらに生酒での調熟をはかります。 実はこの生酒期間の熟成管理がもろみ管理と同じくらい重要です。きれいに濾過された酒は糖化や発酵は完全に止まってしまい、清酒の成分はその後ほとんど変化しないと思いがちですが、日が経つにつれ酵素的、化学的、物理的に変化(熟成を経て過熟)します。生酒は特に酵素的変化が不安定です。その為、殺菌と品質を安定させるため火入れ(60度以上で熱殺菌及び酵素変化を止める事)を行います。
出品酒を例に挙げますと生酒の状態で香味が最良と思われる酒でも、蔵を出て審査を受けるまでに変化が続き、更に一般に公開されるまでに変化が進むと言うことは十分に考えられることです。
鑑評会の審査日や会場の気候に合わせて、どの酒を、いつ、どの様にして出品するのかは、やはり杜氏のきき酒と酒の変化を見極める読みによります。
出品酒の様な吟醸酒は香味が非常に繊細なので極端な例ですが、どの酒も本質的には変わりありません。
今、蔵では火入れが着々と行われています。皆造を迎え、火入れが終了すると蔵は新米が収穫されるまで眠りにつきます。春、桜の便りが届いていますが、杜氏にとって本当の春はまだまだ遠いのだろうと隣にいる私は感じています。
造課 佐藤俊二
酒米研究会開催
春の農作業にあたり、今年の注意点を確認すべく講師の日下先生をお迎えして酒米研究会を開催致しました。
昨年の異常気象を踏まえ、種子から予想される点は育苗時に軟らかく、細い苗になる可能性が高い事、又、美山錦の特性を更に引き出す対策など、突っ込んだ話し合いが行われました。
今年は昨年と一転して冷夏となる様相を呈している事から、特に厳重な栽培管理が要求される事を会員一同が確認しました。