収穫の季節を迎えて
代表取締役社長 大井建史
東北の麗峰鳥海山の麓、我が矢島町でも稲刈りが済み新米も出始め、秋の気配が急速に深まってまいりました。昨年と同様に今年も大変暑い日が続き、量的には良いのですが品質的にはやや不満な出来具合となりました。
杜氏を先頭に、造り仕舞以来、清酒の熟成を管理しながら、設備のメンテナンスや可能な限りの改善を行って参りました。造り酒屋の設備は冬場だけしか稼動しない割に、タンクの補修、機械類の分解掃除、果ては蔵の外壁のペンキ塗りまで、まあまあ本当に色々有ります。しかし、地道な施設改善が評価され、(社)日本食品衛生協会において食品衛生優良施設として十月二十日に厚生大臣表彰を受け、光栄に存じている所です。
ところで、フランスのワイン、イギリスのスコッチウイスキー、ドイツのビール、中国の老酒、日本の清酒等、文化の高い国には必ずその国固有の酒が有りますが、現在その原産国では例外無く苦戦しております。日本でも世界中のお酒や新しいチュウハイやリキュール類がどんどん発売され、選択肢が大幅に広がってきており、日本酒にとっては大変厳しい冬の時代であります。
この多岐にわたる嗜好の中で選ばれる日本酒とは…、しかも天寿らしくくつろげるお酒とは…、私共は、現在日本酒の造り酒屋としての生き残りをかけて、今度の製造計画の詰めに全力を尽くしている所です。これまでもお伝えして参りました様に、地の酒としてその土地で出来る最高の品質を目指し、米作りから心血を注いで参りました。その米をどのように生かした酒造りをして行くのか、これまで何度も試験醸造を繰り返し、試行錯誤して参りました。これはと思った事も何度かございましたが、なかなか確立したものに成りがたく、毎回新たな気持ちで今年こそと挑戦し続けております。
その様な過程の中で、数々の面白いものが発生致します。例えば昨年の大吟醸鳥海のしぼりたてにごり生酒や、純米しぼりたて氷温貯蔵(雪室貯蔵)の様に、今だけしか味わえないお酒が、蔵の中には沢山有るのです。それを地酒屋だから出来るご希望本数だけの瓶詰めで、天寿「今だけ屋」と名打って、この「酒蔵通信」やよちよち歩きのホームページにご紹介して行こうと考えております。是非ご期待下さい。(十月二十日に入蔵し、気合いの入った作業が始まりました。今年の新酒の搾りも、十二月初旬には始まりますので、その頃のホームページには是非ご注目下さい。)※入蔵…蔵人が酒蔵に入る事
天寿酒造にとってはもちろん、この地域の母なる鳥海山も紅葉が始まり、冬を前にした自然の最後の美しさが山々を飾っています。顔を出すのをとても恥ずかしがる鳥海山ではありますが、秋の美しい一日を堪能しに是非いらして下さい。
田んぼのページ
10月4日、蔵に新米が入荷致しました。いよいよ造りが始まります。今年の仕込み本数は昨年よりも16本多い117本を計画しております。特に純米酒の仕込みが増加しており、お客様の期待に添えるよう蔵人一同、身を引き締めて造りに向かいたいと考えております。
昨年新商品として仕込んだ純米吟醸「鳥海山」は8月に販売開始以来スリムなボトルデザインと軽快な酒質とが相まって、好評を頂いております。今年も又、マル秘「新商品」が計画されております。12月初旬にご注目下さい。
さて、前号より続きの無農薬への挑戦のお話は今回が最終回です。
数年来、手作業による除草作業を行って来たところで、アイガモを田んぼに放すと雑草が生えないという情報を入手しました。
早速アイガモを手に入れましたが、孵化して間も無い小ガモは見るからに頼りなく、本当に大丈夫だろうかという一抹の不安がありました。が、何はともあれ田んぼに放してみました。
小ガモたちは一斉に田んぼの中を物凄い勢いで走り回り、水を掻いて、雑草をつつきながら動きはじめました。社員はもとより、我々も歓声を上げて喜びました。
これなら行ける!。誰もがそう思いながら小ガモの働きぶりに見入っていました。
ところが、10分も経たないうちに小ガモ達の動きが鈍くなり、スローモーション映画のごとく次々と倒れ、泥まみれになって動かなくなってしまいました。
溺れてしまったのです。
あわてて田んぼの中に飛び込み、救い上げ、お風呂に入れて泥を落とし看病しましたが、その甲斐なく数羽は息をひきとりました。
この経験で得たことは、最初元気良く動き回ったのは水鳥の習性ではなく、人間が恐かったのだろうという推測と羽が水を弾くようになるまで馴らす必要があるという結論でした。
又、カモを放すタイミングは田植え直後でなければ効果が上がらない事も経験しました。
結局アイガモ導入初年度は今まで通り人海戦術による手作業となりました。
期待が大きかったため今までになく手取り、足取りも重い年でした。
これらの反省を踏まえ、一昨年より田植え前から小ガモを準備し本番の田んぼに入る前に水に馴れる場所(小ガモの意志で水に入り、自由に岡に上がってひなたぼっこができる訓練場)を設け羽が生え変わってから放しました。又、この間エサを与える人間しか近寄らない様にしました。
効果は絶大で1羽も溺れる事無く、雑草もほとんど発生しないほぼ期待通りの結果となりました。(最終的な仕上げは手作業で行いましたが軽作業)
この様にして栽培した無農薬米は、純米吟醸酒「矢島物語」と「ふりかえれば鳥海」に使用されます。
無農薬米を使用した仕込みは、精米、洗米浸漬、麹、酒母では大きな違いは現われません。
しかし、もろみの段階になりますと醗酵経過が順調で素直に熟成もろみに変化していくような感触を覚えます。
その結果、搾った純米吟醸酒は口当たりまろやかな、穏やかな香りの味わいを与えてくれます。
東北の麗峰「鳥海山」の伏流水と地元だから為し得た無農薬米、そしてこれを育んだ杜氏を先頭とする蔵人、天寿の社員、酒米研究会の会員。人、水、米それぞれにこだわりをもって生まれたこの酒は一つの物語を創り出しました。
無農薬純米吟醸酒 「矢島物語」・「※ ふりかえれば鳥海」は天寿を想像させるお酒です。
製造課係長
佐藤俊二
「ふりかえれば鳥海」は、プライベートブランド商品の為、取扱店限定商品です。