元気なふるさとを
代表取締役社長 大井建史
正月以降、我家では雪の重みで座敷の戸が開かなくなり、屋根と庭の雪がつながり通路が真っ暗になりました。明り取りの為に窓を掘り出しましたが、それは例年の事、久々に雪が少なく今の所無事に過ごしております。
関東大雪のニュースに、最初は東京生まれの家内が「雪国なめるな」と冗談を言っていましたが、あまりの混乱や被害に東京の娘たちを心配し始め、知らないと言う事が如何に恐ろしい事かを同情しながら一緒に思い知っておりました。
若い頃は人間はもっと賢いと思っていました。地震の対策で五十年前・百年前の教訓をと言う話がありますが、普通は到底無理な話です。人間は如何に容易く忘れるか?記憶に頼る対策は無いと同じですね。明確な形にして常に語り続けなければ忘れられます。記録をきちんと残し、読み返す事。そう思いながらも私が帰ってから現在で四代目の杜氏ですが、前の杜氏達の実験記録は他の人が理解するには判り辛く、又は紛失し残念ながら私の断片的な記憶しか残っていない事が沢山あります。記録は杜氏がと思ってきましたが、今になると結局皆がわかる共通情報に(少なくとも私が引き出せるように)しておくべきだったと反省しきりです。
二月も終盤に入り大吟醸が続々と上槽されています。その出来に一喜一憂していますが、天寿酒造百四十回目の酒造りも確かな手ごたえを感じながら、充実した酒造りと成っております。
昨年の高温障害による超溶けない米と違い、味もしっかり乗りますし、気を付けないと溶け過ぎてくどくなる可能性もあります。そこをしっかり管理するのが原料処理です。時間をかけた丁寧な精米・吟と付く酒は全てザル洗いの洗米・バキュームをかけ全量計量する正確な吸水・そして狙い定めた蒸米、この洗米から蒸米を最長老の元気な釜屋直千代氏と三年目ながら元気で気配り人間の人気者角栄君が努めています。原料処理がしっかり安定しないと、改善の評価をする事が出来なくなります。改善の成果を明確にするには一本の酒仕込の全工程で一か所のみにしなければなりません。コツコツとしかし飽く事無く積み重ねて初めて土俵に乗る事が出来るのです。
今年は契約栽培グループ天寿酒米研究会に二名の新人を迎え、三・三hrの増産が出来ます。五年以内の40%減反達成とその後の減反政策廃止の発表により、地方の小規模農業には希望が見えて来ません。それがなくても十年以内に我町の田んぼの一割は耕作放棄地に成るそうです。急速な老齢化と人口減少にゴーストタウンが各地に出来始めるのも遠い将来ではありません。しかし、日本を活性化するには人口増。その為には絶対に地方の元気を取り戻す事が必要だと思います。地方の酒蔵の存続も立脚している地域の情勢が大きく左右します。インフラのコンパクト化や集約も重要ですし、不在地主の空き家・空地の収用が可能な法整備も切実な問題になってきました。(都会に出た人々の空き家・空地が活性化の阻害要因になっています。雪寄せは近所がボランティア、土地も売れるどころか家の解体費で出費になるし、長年の放棄により相続人が多数に成っていたり…せめて役場に要らないと言ってくれていれば行政もどんなに助かるでしょう)
働く所は必要ですから、企業誘致も大切ですが地元農業と共に健全な形の共生を模索・実現したいものです。
補遺―26
矢島酒造組合規約制定趣意書
六代目 大井永吉
大井本家資料の中に次ぎの文書があった。組合規約制定趣意書の下書きである。署名はないが当時組合長だった大井清造氏の起文と見られる。
趣 意 書
物産ノ盛衰ハ土地ノ適否ト衆寡ノ協否トニ係ル抑矢島地方ハ米産ニ富ミ加ルニ薪炭雇人ノ廉価ナルノミナラス至ル所清水混々一トシテ酒造ノ材料アラサルハナシ実ニ天賦ノ好地位ナリ今ヤ酒造ノ盛大ニシテ販路ヲ拡張セントスルハ其費貲ラス固ヨリ一個人ノ為ス能ハサルモ衆寡協同ヲ以セハ豈リ為シ難カランヤ是ニ於テ明治弐十年中本県知事公ノ御諭達ヲ遵法シ酒造営業者協心戮力シテ矢島酒造組合規約ヲ設ケ従来ノ弊習ヲ一洗シ鋭意酒類ノ改良ヲ計り而シテ其販路ヲ拡張セント欲スルニアリ蓋シ当地方酒造業従来甚タ幼弱ニシテ製造完全ナラサルアリ動モスレハ腐変スルノ患ヒナキヲ保セス之レ本業者ノ最モ注目スル所ニシテ敢テ改良ニ参加セズンバアルベカラス今ヤ文明ノ利器アリ科学的ノ作用アリ其ノ適当ノ方法及ヒ器械ヲ以テ不撓耐忍以テ此業ニ励精セハ其功奏セン亊豈遠キニアランヤ乍併是モ一時ノ理論ニ偏スルノ感ナキ能ハス其ノコレヲ目下事業ニ専用スルハ容易ニ実行シ難タキモノヽ如シ先ツ実験ノ功ヲ積ミ而シテ学理的ヲ併行シタランニハ実ニ夫レ完全ナラサルヲ得ンヤ茲ニ於テ同業組合中協議ノ末各國酒造業ヲ視察シ同業実験家ニ就而懇篤ニ醸造ノ精製器械ノ適否其他酒造業ニ関スル百般ノ事項ニ至ル迄或ハ問ヒ或ハ質シ彼我利益ノアルヲ只管請フ所ナリ希クハ各位同業諸君拙組合ノ志願ヲ御許容アラセラレ本業ニ係ル一切ノ事項懇々御教示ヲ得度聊趣意ヲ盡シ以テ切ニ希望スル所也
頓首再拝
矢島酒造組合が秋田県内では最も早い時期に設立され、組合事業として丹波杜氏鷲尾久八氏を招聘し(後年は個々の蔵の指導あり)約十年間にも及ぶ指導や、自己研鑽により矢島酒造組合の各蔵元の酒質は飛躍的に向上し、銘醸地として「矢島酒」の名声を得るに至ったのである。実に先進的な矢島の蔵元たちであった。