油断大敵
代表取締役社長 大井建史
明けましておめでとうございます。
昨年中はご愛顧いただきまして誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
矢島の里の元旦は弱い雨の降る穏やかな気候で、例年社員のほとんど居ない三箇日の雪寄せは、私の出番で往生するのですが、今年は楽にすみました。
百四十回目の酒造りも中盤に入り、一月からは大吟醸等重要な仕込が続きます。二年目になった一関杜氏をはじめ蔵人達も今期の酒造りの正念場に、酒蔵にはより一層緊張感が漂っています。
天寿の酒造りへのこだわりは「地元で出来る最高の酒を造る」事。何を持って最高とするかは、
○地元で出来る最高の米を育て使用する。
○地元の母なる鳥海山の水を使用する。
○昔から良いと言われて来た製法を検証し、その良さをとことん追求する。
○今自分達が出来る最高の品質・品位を生み出すと言う事になります。
いくら理想を述べても、その実現に緩みや油断があるとあっと言う間に崩れていくのが酒造りです。
昨年の高温障害の米と比べ酒米の質はグッと良くなりました。昨年あれ程溶けなかった米が何の苦労も無く溶けて行きますが、当然その事で酒の味は濃くなりやすく、甘くなりやすく…全てが変化の要因となります。全体として酒造好適米が足りないので、純米大吟醸鳥海山でも、どちらも契約栽培ではありますが美山錦と酒こまちの両方が使用されます。これも味の変化の要因になります。
ここで重要なのはブレない事。1パーセントもずれない事。理想を求め緩まない事こそが大事となるのです。
例えば「原料米」で話をすれば、同じ産地の米→同じエリアの米→同じ人の米→同じ田んぼの米、同じ品種が理想となるのです。これにより均一な質の精米ができ、ブレの少ない均一の吸水となり、整った蒸米となります。この安定した原料処理が出来る事で、新しい試みの効果が初めて確認出来る様になります。
ブレない酒造りの中で如何に挑戦するか?気力を如何に維持するか?
勝負の時を迎えます。
本年も変わらぬご愛顧の程よろしくお願い申し上げます
補遺―25
矢島酒造組合規約制定趣意書
六代目 大井永吉
八月の返信に対し、再度交渉されたとみえて、九月に成約の回答である。
『貴墨拝見仕り候。時下秋冷相厳し候所、御満堂様御健勝上賀奉り候。陳者貴殿御懇切にお申し越し下され、有難く、実は九州地方より雇い入れの義、申し込まれ候得共、相成るべく御地方の方へ罷り越し度候義に付、尤も殊に御懇意をも蒙り居り候を以て、貴殿御申越し成られ候通り、三ヶ月を百五拾円にて、路費等小生引き受けにて御雇入下され候事を承諾仕り候間、御雇入下され度、出発は本年十一月下旬と相見込み居候。依って左之通、申上候。
右給料之内。六拾円丈、前金として十一月上旬迄に丹波国篠山郵便局へ為替にて御振込成られ度、御依頼申上候。
右之通りに付、須貝様へも宜敷御申伝へ下され度、何れ参舘之節は、尓直宜敷御依頼申上候。
明治三拾年九月十二日
摂津国有馬郡小野村ノ内丹後村
鷲尾久八
大井様』
交渉の結果(須貝酒造場と兼務の指導か?)八月よりは有利な条件で契約成立したようである。住込みで食・住は雇い主もちだから、当時としてはかなりの高給だったと思われる。《参考までに明治三十年頃の物価をネットで調べてみると、「当時の一円は?」の問いにベストアンサーとして、『石川啄木が明治三十七年に岩手県の小学校の先生だった時の月給は八円だったそうです。八円で部屋代払って炭代払って一家五人が何とか暮らせたのですから生活費の安い地方では今の二万円近い値打ちがあったのでは?』とあった。》
器械(設備、道具)の問いについても回答(別紙同封)があった。
○御新調下され候器械之義は、エダ桶(枝桶)御都合拾三、四本、尤荒木之寸法は四尺
幷にフタは枡に応じ御調下さるべく候。
○親桶は在来之分にて宜敷と相考候。
○掛ケ船は拾弐石掛ケ位、尤ツギ輪ともの亊に候。横幅内ノリ弐尺三寸、長さ大阪袋(モロミ)入レ八枚、ならびに成されたき所は、大工職の者承引致し居り候。
○袋数は凡四百枚入用に付、尤二タかわりと相成候。
猶なお、真に申上兼ね候得共、醸造好結果を得たる節は、氏神へ供にも神酒を御交付成され候亊を御承諾下さる可様、兼而願い上げ奉り候。





