冷や水
代表取締役社長 大井建史
暑さと大雨で忙しい夏でしたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか?お陰様でお盆の商戦も終わり、雨が多く湿気はあるものの、朝晩の涼しさや虫の音にほっと一息と言う所です。
最初はあまりの日照り続きで農作物の被害を嘆きながら、空梅雨の心配をしていましたら、今度は断続的なゲリラ豪雨の被害に怯える日々が続きました。昨年の米の高温障害が頭をよぎり、8月に入ってからの猛暑日を数える日々でしたが、幸い酒蔵周辺には今の所、大きな心配はしなくても良さそうな状態です。ただし、異常な気象により稲の茎が倒れやすく、あと2週間大風が来ない事を願うばかりです。
お盆に高校の剣道部の恩師を囲む会があり、その酒間に地元の先輩から土用稽古の誘いを受けました。実は四半世紀も防具を付けていないので稽古など無理なのですが、「竹刀がないので」と恰好をつけましたら、何と会社に「社長に渡せばわかるから」と新しい竹刀と土用稽古の案内が届いておりました。「先輩にえらい事を言ってしまった」訳ですが、小学生の打ち込み台位には成るだろうと、見栄の続きで出かけました。
久しぶりの道場の雰囲気。少年・少女剣士のなんとかわいい事。私はと言えば、稽古着を付けただけで一練習終わった程の汗をかきました。防具は地元に帰り中学校等に練習をつけに行っていた頃(暫くは気にしていなかったのですが)あまりのボロさに思い切って買ったものです。その後三度しか使っていない新品?のため、全てが固く筋力の衰えた私は往生しました。まして、下半身はこんにゃくの如くです。一週間経っても筋肉では無く、踵や手首の筋が痛んで失笑しながら、鍛え続けた先輩たちの体が、十歳以上私より若々しい事を羨んでいるこの頃です。
先日、県の酒米生産流通の会議がありました。5月にお伝えした厳しい状態から大きな変化は出ておりませんが、各地の酒蔵からの訴えに酒米生産に対する国の事情聴取は始まった様です。これから増産される好適米は減反の対象外にする等の話が出ている様ですが、これから調べても来年のものになるのは難しそうですね。何しろ種もみが取れる稲刈り前に決まらないと、来年は何も出来ないのですから…。
酒造好適米は食味が劣る為、典型的な加工用のお米です。現在の一般飯米の中から加工米(転作作物扱い)として低価格で買い取った物とは根本的に異なります。酒造好適米は、国内の生産量からいけば非常に少なく%に乗らないのですから、全量減反対象外として頂きたいものです。ただし、使用量には限りがありますから、事前に酒の業界(酒蔵)との契約栽培として過剰作付を制御できれば、何の問題も無くなると考えるのですが…。
弊社は明治七年九月に清酒製造免許を頂き、一関杜氏と百四十回目の酒造り計画を勧めています。頑張ります。
天寿の歴史
補 遺-24
遺―24
丹波杜氏鷲尾久八ー三
六代目 大井永吉
鷲尾は先述したように、明治二十三年に矢島酒造組合に勤務した後、二十五年から四十年にいたる間県内各地酒造場で杜氏として灘の技術を導入し、また後継者の教育育成に努めたが、特に矢島の酒造家のように改良組合を設けて指導を受けたところは無かったようだ。矢島では個別にも須貝太郎、武田源吉、大井源一郎酒造場に選任或いは兼任杜氏として勤務している。(秋田県酒造史)
明治三十年に大井源一郎酒造場が勤務を依頼したことに対し報酬や条件などを述べてきた手紙が保存されているので、なるべく原文に忠実に内容を記述してみる。
『本日二十日御差出の貴墨正に到着、拝見仕り候。貴翰の如く暑気未だ去り難く候所、御満堂様益々健勝の由、上賀奉り候。
陳者、今般酒造御改良に付いては御懇切に御申し下され、有難く、実は小生も多忙に候得共、去○他に相当の者も之無く、付いては御懇切に御申し下され候義に候間、繰言、小生罷り出候亊を承諾仕り候に付き、何分宜敷く御依頼申し上げ候。付いては左の通り御承引置き下され度。
一、給料、旅費ともにて、先三か月と見做し、百六、七拾圓申受け度く候間、御承引下され候哉。御回答下され度、尤も其の内前金に七拾円計り申し受け度く候。
一、出張の季節は新暦十一月中旬の出立と致し候はば適当と相考へ申し候。
一、右御承諾下され候はば、直ちに御回答を相受け次第、今般御申越しの器械等の義は申し上べく候。
右之通りに付き、三か月と見做にも何かれ往返の日数も相掛り候義に付、其余数日は相掛り候義と御承引下され、何分の義、御回答待ち奉り候義也。
明治三十年 八月廿九日
摂津國有馬郡小野村之内丹子村
鷲尾久八 大井源一郎様』
指導依頼に対し他に適当な人もいないから、多忙だが自分が行くが、三ヶ月で壱百六拾~七拾円頂きたいし、前金に七拾円申し受けたい。承諾してもらえれば、お尋ねの機械等のことは教えましょうとの回答である。
これに対し、再度の交渉の結果が次の返信である。
『貴墨拝見仕り候。時下秋冷相厳し候所、御満堂様御健勝上賀奉り候。陳者貴殿御懇切にお申し越し下され、有難く、実は九州地方より雇い入れの義、申し込まれ候得共、相成るべく御地方の方へ罷り越し度候義に付、尤も殊に御懇意をも蒙り居り候を以て、貴殿御申越し成られ候通り、三ヶ月を百五拾円にて、路費等小生引き受けにて御雇入下され候事を承諾仕り候間、御雇入下され度、出発は本年十一月下旬と相見込み居候。依って左之通、申上候。
右給料之内。六拾円丈、前金として十一月上旬迄に丹波国篠山郵便局へ為替にて御振込成られ度、御依頼申上候。
右之通りに付、須貝様へも宜敷御申伝へ下され度、何れ参舘之節は、尓直宜敷御依頼申上候。
明治三拾年九月十二日
摂津国有馬郡小野村ノ内丹後村
鷲尾久八 大井様』
交渉の結果、須貝酒造場と兼務の指導で月五十円で契約成立したようである。住い食事は雇い主もちだから、当時としてはかなりの高給だったと思われる。器械(設備、道具)についても回答(別紙同封)があった。
○『御新調下され候器械之義は、エダ桶(枝桶)御都合拾三、四本、尤荒木之寸法は四尺幷にフタは枡に応じ御調下さるべく候。
○親桶は在来之分にて宜敷と相考候。
○掛ケ船は拾弐石掛ケ位、尤ツギ輪ともの亊に候。横幅内ノリ弐尺三寸、長さ大阪袋(モロミ)入レ八枚、ならびに成されたき所は、大工職の者承引致し居り候。
○袋数は凡四百枚入用に付、尤二タかわりと相成候。
猶なお、真に申上兼ね候得共、醸造好結果を得たる節は、氏神へ共にも神酒を御交付成され候亊を御承諾下さる可様、兼而願い上げ奉り候。