天寿の杜氏Ⅱ
代表取締役社長 七代目 大井永吉
私に社長を交代する事を先代から一年前に言われていた。四十歳で就任し意外に早いと思った記憶が有る。日本酒の需要が急激に落ち始め毎年5%以上の売り上げの減少、すでにピークからは三十%減少しており、グループ会社であった大井製材所を廃業し、その負債も抱えてのスタートであった。
農大醸造学科卒業後寶酒造で営業職を三年務めて帰った。戦後高度成長期が有り、田舎としてはそれなりの規模としばらくの安定期が有った為か、バブルが崩壊しても社内に危機感が無く、今やっていることをそのまま続ける前例踏襲型でかたまっており改革・改善の声にも中々反応が鈍かった。
町内の三百人規模の弱電会社が百名リストラし、役場にも対策本部が出来、いよいよバブル崩壊の危機が地元でも目に見えてきたころに新体制での改革を宣言し、事業目標・組織改編・給与体系・評価基準等も発表して、必死にその推進を図った。
田舎あるあるで、事業規模の縮小により人員も余剰となったが、断腸の思いで定年退職を半年後にひかえたお一人だけ半年の早期退職を願ったとたん「天寿もリストラした」と大騒ぎになり、以降定年退職待ちの自然減をじっと待ち、ワークシェア状態の為新規採用の出来ない時期が暫く続く事となった。
そのような環境ではあったが、「酒蔵が出来る事は良い酒を造る事」「この地で出来る最高の酒を造る」と言う目標を掲げ、酒造りの工程全てを見直し、昔から良いと言われている作業を何故良いのか検証し、良い事は現在の技術で更に伸ばす為の機械改善費の五万円・十万円に爪をたてながらも一つ一つ無い予算に脂汗を流しながら実施、自社で出来る事は出来るだけ自分たちや地元の機械屋で改造しながら改善を行った。この時の同志で右腕であったのが私が指名した佐藤俊二杜氏であった。
彼は事故で亡くなった私の同級生の弟で、「兄が亡くなったので弟を家に戻す事にした。ついては天寿で雇ってくれないか」とお母さんから談判があった。農大卒だが果樹園芸科、事情もよく判ってはいたが人手が十分の頃で「次代の杜氏を目指すつもりが有るなら採用する」と条件をつけた。
バイクやカートで遊ぶのが大好きな若者であったが、東京滝野川の醸造試験場に一年研修に出したり、蔵見学や勉強会に数多く出し研修に当て育成した。
酒造りでは私の方針の元で、蒸米の水分精度を向上させ、原料米自動計量器や洗米脱水吸引機等を開発し洗米や浸漬の精度を非常に高いレベルへ上げた。花酵母研究会初期の事務局も務め、共に「純米大吟醸鳥海山」や縦鳥海山シリーズ等の商品の開発を次々に行った。
春隣
杜氏 一関 陽介
年明けから積雪量の少ない日が続き三月を迎えたところで少しまとまった雪が降り、この文章を書いている今も窓の外は雪景色です。逆に、先日は二月なのに十五度を超える日もあるなど、今年は日によって寒暖の差が大きいように感じます。夏の高温や豪雨などの異常気象も含めて自然環境は年々変わりつつあるようです。近年の酒造りは空調・冷水設備が整っていることで外気温から受ける影響は年々少なくなってきているように思いますが、特にもろみや搾った後のお酒の品質管理を考えると、もう少し低温で安定してくれと毎日願っているというのが本当のところです。
さて、二月二十三日に酒蔵開放を無事開催することができました。沢山のご来場、お礼申し上げます。当日私は例年通り蔵見学の担当をいたしました。蔵人の解説付きでしっかり蔵の中を見ていただくことを目的とし、昨年度から事前予約有料制とさせていただいておりますが、沢山のご予約をいただき、ほぼ終日満員でご案内させていただけたことは有難く、嬉しい限りです。私の担当したプレミアムプランは、蔵内の見学を四十分、お酒とおつまみをお楽しみいただきながら私の酒造りの話を一時間聴いていただくコースでした。私は自称「何事も事前に考え込んでしまうタイプ」なので、できるだけ分かりやすくしたい・昨年とは違う話を少しでも入れたい等々、前日まで悩みました。一時間はあっという間で自分で考えていたことの全てをお伝えすることはできませんでしたが、参加されたお客様の「参加して良かった」「楽しかった」という言葉・笑顔をいただけたことで、私としてもお客様と密に繋がれるこのような機会は大変貴重で大切な事だと改めて感じさせていただける大満足の一日となりました。同じ形式かどうかは分かりませんが、また来年も開催出来たら良いなと思います。
私にとって毎年二月は酒蔵開放や立春朝搾りといった、仕込み開始時点でもろみを搾る日が決まっていて、さらに搾るところから瓶に詰めて出荷するまでをその一日で行うイベントが二度もあり、またそのイベントの合間に鑑評会出品酒の大吟醸を搾るという大変胃の痛くなる月なのです。お正月がついこの前のように感じるほど二ヶ月があっという間に過ぎてしまい、気づけば今年の酒造りも終盤を迎えています。
前号でも書きましたが、昨夏の気温が異常に高温だったことが原料米の品質に大きな影響を与え、その溶解し難い性質によって、搾った後に出る粕の割合が非常に高くなっています。ただし、そこだけを見て無理矢理に操作し米を溶かそうとして酒質バランスが崩れる心配をするよりは、今年はそういう質なのだと割り切っていつもの自分達の目指すところに向かってベストを尽くそう、それが良酒の道と信じて昨秋から取り組んでまいりました。
また原料米の質に加えて前出の通り暖冬傾向と妙な寒暖差に品質管理が翻弄される酒造りになっています。「ああしたら、こうしたら・・・」と技術的にいろいろ思うところはありますが、自然に対抗しようとあまり思わず、上手に付き合う(自分達がやるべきことは徹底的にやる)ことが今季の最善と考えます。仕込みも残り一か月。悔いのない春を迎えられるように頑張ります。