天寿の杜氏
代表取締役社長 七代目 大井永吉
歴史を見ると明治大正の頃の酒造従業員は、蔵元の主人、子弟が杜氏役を務め、蔵における労務の配分等は「代官」と称する年配者に任せ、蔵人は近くの農家の人々が農閑期の現金収入を得る為の季節労務者の形態が殆どだった。
四代目永吉(亀太郎)は大山流と伊丹流の両方を学び「改良実施酒造秘書」等を残した几帳面な人であった。自社以外にも妻の実家「玉泉」叔父の婿入り先の「富士川」の面倒も見た為、無理がたたり、その技術を息子や後進に十分伝える間もなく三十六歳の若さで他界した。
五代目永吉(昌助)は、その時まだ十五歳であった。しっかり者だった母トミエと苦労しながら実家を護り、大正三年二十歳の時東京滝野川の醸造試験所で長期研修生として技術を研鑽、当時の最新技術を身に付けて帰郷。その後酒質は飛躍的に進歩し、販売増進の要因となった。天寿の杜氏は製造数量の増加に伴い五代目が雇った秋田市新屋の渡辺兼蔵杜氏に始まる。大正十一年に杜氏(新屋・浜田杜氏との記録)として採用され、五代目と共に精進し、昭和八年頃から頭角を現し昭和十年代に連続で全国優等賞に輝いた。
秋田県の山内杜氏の育成事業が起こり、秋田流低温長期醗酵の生みの親である花岡正庸先生のご指導の元、山内杜氏が誕生した。弊社では同じ町内の佐藤廣作氏がその指導下で杜氏となり戦中戦後の大変な混乱期を五代目と共に乗り越えてくださった。(昭和十三年~昭和三十七年)
私が入社時の杜氏は昭和三十七年入社。先代と同年で高度成長を共に築き上げた中野恭一杜氏(山内村出身)で、数件の酒蔵で修行後三十一歳の若手ながら杜氏として採用となった。その頃は天寿酒造最大の生産量九,八〇〇石・年商十億円を超えた。率先垂範型の方で「えず、えずせ!」(あれをあれしろ)との中野の指示が何の事が判らないと一人前の蔵人と見なされなかった。出品酒は山田錦四十%精米 協会十号酵母仕込みであった。第一次吟醸ブーム直前の頃で、私の意見(笑)でYK35へ変更して中野杜氏初の金賞受賞となった。(昭和六十二年秋田県金賞受賞三蔵のみ)
中野杜氏が(本人は当て馬に担がれて当選してしまったと不本意であったようだが)山内農協理事長就任により、平成二年高校卒業以来中野杜氏の下で修業し、酒を飲むのは歴代最強、高校からの相撲取りでアマチュア相撲ではあるが、青年団の全国大会二位の実績を誇る村上嘉夫杜氏就任。秋田流花酵母AK‐1が誕生し、県内でもこの酵母遣いがトップクラスで、十二年中三回の金賞六回の銀賞受賞と輝かしい受賞歴を誇ります。(次号へ続く)
新年度に寄せて
杜氏 一関 陽介
十月十日から令和五年度の酒造りが始まりました。昨年の仕込みが終わった段階から、今年の酒造りに向けてあれこれと考え続けて半年が経ちましたが、いざ始まってみると目の前のことに立ち向かうことで私個人は精一杯といったところです。蔵内の現況ですが、ほぼ例年通り九月中旬に酒米研究会メンバーの圃場の稲刈りは始まり、下旬には精米も開始しました。今年の原料米は雨が多かったことや出穂後の気温が非常に高かったことで、収量の確保と高温障害による品質低下が非常に心配されています。時間をかけ丁寧な精米を徹底するなど、次工程に良い状態で進むことができるように今できる細心の注意を払って作業をしていますが、私のピリついた心情を察したのか、久しぶりに使用する精米機も大きなトラブルもなく動いてくれて非常に助かっています笑。
この原稿を書いている十月下旬でも最高気温が二十度近くまで上がる日もあるなど、まだまだ原料処理・品温管理には苦労しそうな日が続きそうですが、如何に早く自分達のペースに持っていけるかが杜氏の技量であり、プロの腕の見せ所だと思います。まだまだ未熟な杜氏ではありますが、気付けば十二年目。今年も頑張ります。
杜氏就任以来大切にしているのは、「お客様に届くまでが酒造り」という言葉。商品によって異なりますが、日本酒は搾った後濾過・殺菌などの工程を経て瓶詰め・貯蔵され、適熟を待って出荷します。実際、搾ってすぐ出荷するしぼりたて商品などの生酒を除けば、精米開始からお酒が搾られるまでの期間よりも、搾ってからお客様に届くまでの期間の方が弊社の場合は相当長いのです。
スペック(精米歩合、アルコール分、酵母種類など)は確かに重要ですが、私が酒質設計をする段階でまず考えるのは「いつ飲んでいただくのか」と「いつ造るのか」です。搾った後、出荷するタイミングまでの間の貯蔵管理によって味がどう変化するのか想像することから始めます。酒は生き物なので、搾った時の酒質と貯蔵を経た出荷時の酒質とではどうしても異なります。それを想像して造ることは非常に難しいことですが、それが自分の仕事であり、そこまで考えて納得した酒を世に送り出したいと思うのです。搾った時に自分達が美味しいと思える酒を造ることは当然であり、その後の管理を以てお客様にも納得して飲んでいただきたいのです。
それはこの仕事を続けていく上では永遠のテーマかな?と思いながら、今日も醸し続けます。今年度もよろしくお願いいたします。