感謝
代表取締役社長 大井建史
明けましておめでとうございます。
創業以来一三七回目の酒造りに邁進しております。
お陰様で矢島の里は大荒れの天気予報が外れ、おだやかな気候の正月でした。
我々が住むこの地の悠久の時の流れにまた新たな一年が加わりました。祖先が守り開拓し広げてきた誇り高く懐かしきこの地で、今も酒造りが出来ます事に心から感謝しております。
本年も社員一丸となり、天寿一本一本に誠意を込め造り出して参ります。変わらぬご愛顧の程よろしくお願い申し上げます。
年末年始のテレビで戦後日本の歴史が放送されておりました。私が生まれる前年に出来た東京タワーを始め五十年前後のものが多いようで、自分ではあっという間のつもりでも、歴史として語られると結構長い時間である事を感じてしまいます。一九六八年に東北地方をバイクで旅したフランスの方が「当時の日本を見たいなら今のミャンマーを見なさい」と言っておりました。昔に戻れという話ではありません。しかし、この前まで行ったり有ったりした事(物)を最近の日本人は、随分都合良く忘れてしまっているのではないでしょうか?
この所の地元の大きな変化は、経済的な事は勿論それに伴う人口の急速な減少が、町の雰囲気に大きく現れてきたと感じさせる事です。
希望が失われると言うことは恐ろしい事です。そこまで悪くなくてもそう思わざるをえないような雰囲気―土地の価値が無くなる(過疎で売れない、田圃も減反政策で買う意味がない)・減反と米価下落で米を作っても食べていけない・後継者がいなくなる・残るための職場が無い・若者が少ない・子供がいない・子供の行く学校が無くなる…。
新年早々暗い話をしていても仕様がないのですが、日本がこれ程情けない国だと思わされたのも近年無かった事です。
過去の選挙の為のその場凌ぎの農業政策のお陰で日本の競争力は脆弱で、自由競争にさらされれば農家は壊滅的な被害を被ると言われています。それでも環太平洋パートナーシップ(TPP)は結ばないと日本の経済がもたないと言います。皆さんが食べたいのは価格が1/10ではなくて安全で美味しい米ではないのでしょうか?そうであるなら自動車産業などの輸出に携る関連の人間は徹底して『国産農産物を食べる運動』とかも起こしてくれないのでしょうかね?「俺は助からなければ日本が大変だから、お前は死んでも仕様がなかろ!!」なのでしょうか?経済戦争に万が一敗れたときに国内の「食」を支えられるかどうかは、日本の農業が生き残っているという大前提が必要でしょ?
もはや日本が一国だけで生きていく事は無理だと誰しも理解してはいますが、日本は何の一番に成りたいのでしょう。何となく何でも一番狙いに感じるのは私だけかな?子供の頃に良くある「俺学校で一番になりたい(なんでも良いけど)」では何の一番にも成れませんよね。
天寿の歴史
補遺―7
補遺―7
創業時の示達
六代目 大井永吉
明治七年十月八日、明治六年分酒造税率等示達―が公布された。清酒、生酒、濁酒、醤油などの税率も明示し、この布令を受けてから三日までの間に其区戸長が取りまとめ遅れないように上納しろとある。
明治六年分酒造税率等示達
明治六癸酉年分醸造相場左之通鑑定候条、右税金納方之儀者、清酒、銘酒者生酒代金の五分、但、百円ニ付五円、濁酒右同断之三分、但、百円ニ付三円、醤油右同断之五厘、但、百円ニ付五拾銭、兼而相達候規則之通通達心得、布令到達之日ヨリ数三日限リ其区戸長ニおゐて取纏、無遅々上納可致、此旨触示候事、
秋田県権令 国司仙吉代理
明治七年十月十八日
秋田県参事 加藤祖一
由利郡本荘町 由利郡一円に用
清酒壱石ニ付金六円拾九銭
銘酒壱石ニ付金弐拾弐円拾銭六厘
醤油壱石ニ付金九円
由利郡矢島町 由利郡一円に用
味淋壱石ニ付金二拾円、七日町村
濁酒壱石ニ付
金弐円八拾弐銭三厘 田中町
これによると本荘町及び由利郡一円に適用するものと、矢島町及び由利郡一円に適用するものと二種類あるが、味醂と濁酒は矢島でしか造っていなかったのか興味深い。
当時は造石税制度で、アルコール度数に関係なく製造量に課税された(現在はアルコール度数による出荷数量課税)。示達は清酒と銘酒に分かれ、共に生酒代金(製造原価?)の5%となっているが、税金から逆算すれば、清酒は一石百ニ十三円八〇銭、恐らく搗精歩合での分別と思われるが、銘酒は四百四十円三十二銭と高いものになり、その差の大きいのに驚く。
また課税は一石に付きだから、調査で原価の平均をとったのか、醸造相場鑑定候条とあるから、役所の見積もりであろう。
また納税の時期は予告してあったのか、不明の点は多いが、何れにしろ布令到達の日より三日以内に戸長が取り纏めの上遅れずに上納せよとは今では考えられないことで、新政府の徴税に対する厳しさを示す示達である。





