吟醸搾り真っ盛り
代表取締役社長 大井建史
蔵内で大注目の大吟醸の搾りが(2月26日)始まりました。当然もろみの状態に合わせて予定を決めます。弊蔵では今年のもろみ日数が例年より長めに推移しておりましたが、搾り始めたら連続になりそうで、杜氏を初め蔵人は慌しく作業に追われています。
今年は常勤社員を技術継承のため、三名酒造りの工程に参加させております。この頃、杜氏やベテラン蔵人からも「顔つきが変わってきた」と言う言葉が聞かれるようになり、嬉しい事だと思っています。「常に自らの責任でより上を目指す」雰囲気と、個人の作業責任が大きい環境の中で、学習と自身の責任の重さに毎日疲れきっていたようですが、ここに来て意欲とある程度の自信が付いてきたのでしょう。もちろん、これからが修行の始まりなのですが、前向きな姿勢に育ててくれた事を蔵人の皆に感謝したいと思います。
異常気象
大雪の昨年とは正反対のこの冬、一月・二月とも雪が全く有りませんでした。75歳の会長ももちろん初めての経験でした。今から今夏の水不足の心配がされており、大雪に不作なしと言われておりますが、今年の稲作はどうなるのかとの不安もあるわけです。
酒蔵開放(二月十日)はお蔭様で1540名の受付を頂き、大変盛況に終わる事ができました。ご来場頂きました皆様に心からお礼申し上げますと共に、ボランティアスタッフとして運営にご参加頂いた皆様にも重ねて御礼申し上げます。(ボランティアの皆様のお力が無ければ、酒蔵開放は成立しないのです)このイベントで雪室封印を行います。例年ですと蔵の軒の雪で間に合うのですが、今年は純米生酒のタンクを雪で覆うのに、ダンプのレンタカーを借りて二十台分の雪を山から運び、断熱材で外側を最初から厳重に覆いました。もちろん初めてのことですが、四月末の封印開封まで先が思いやられます。蔵内も雪に覆われたかまくら状になっていない為、激しい温度変化に酒造りも息を抜けない状態です。
地方格差
平成の大合併から二年が経とうとしております。一市七町の合併で全国で11番秋田では一番広い市(神奈川県の半分の面積)となりましたが、人口分布・教育・経済等が激変期に入ってきた事を体感しております。市部への一極集中は極端に進む気配があり、エリアの小中学校の三割近くが複式学級(一学級に複数の学年が同居)が必要に成りつつあり、近年中に更にその数が増えるのが目に見えている状態です。我が矢島地区もその例外ではなく、最大規模の工場が旧本荘市の工業団地に集約されるとの噂があり、現実になれば人口激減の危機となります。(それが無くてもこの五年間人口五千の地区で毎年百人の減少が続いていました)次代を担う若者達がどんどん地元を離れていく中、スーパーの進出に地元商店や飲食店は減少の一途をたどっており、農家の後継者が何割くらいいるのかは恐ろしくてとても聞けないような現状です。
ここまで来ると全国的な均衡ある発展等は寝言であり、現実的な地方の有り方・農業の保全・子供達の教育機会、環境の均等などを早急に明確化しないと、荒廃した地方と、勘違いした驕りに満ちた都市だけの国になってしまうのではないでしょうか・・・。
天寿の歴史
(六)ー1
新商品開発‐〔ミルシュ〕‐1
代表取締役会長
六代目 大井 永吉
昭和三十三年、時の町長佐藤直太郎氏の政策により、鳥海高原の矢島町花立地域が北部鳥海山麓集約酪農地域に指定され、オーストラリアからジャージー種乳牛を導入したのは同三十四年。三十八年には農業構造改善事業により花立畜産センターを設置、牧場としての機能も整備され町の産業として発展を見た。続く茂木、宮塚、佐藤の歴代町長も花立地区を酪農振興の拠点として拡大充実を図り、同時に観光の面でも相乗効果を考えた開発に努めスキー場、キャンプ場の整備を始め、現在第三セクター(株)鳥海高原ユースパークが経営にあたっているコテージ、山荘、レストラン、ラグビー場、宿泊施設ユースプラトー、ゴーカート、パークゴルフ場などが次々にスポーツ・レジャー施設として開設整備された。平成十三年四月には牛乳加工施設ミルジーも導入され、飲料ジャージー牛乳の処理のほかヨーグルト、ソフトクリームの製造販売も行うようになった。花立地域はこのように半世紀に近い開発の継続で町の観光産業の重要な拠点として位置づけられるに至ったが、今後も広く〝面〞としての鳥海山観光の重要な地域として発展することを期待したい。
ジャージー種の牛乳はホルスタイン種に比べて栄養価が高く、コクのある味わいが特徴とされる。牛乳そのものに町の特産品としての価値があっても更に付加価値を高めようと考えるのは当然のこと、特産品開発に力を入れていた宮塚町長は矢島高校に酪農科があった昭和三十五年頃、二種類の乳酸飲料が開発されていた事を引き出し、平成元年その製造特許について県の総合食品研究所・醸造試験場と協議し、試験場で試みに発酵させたところワインか発泡酒になりそうとの感触を得、平成二年から三年間酒類化について研究を依頼した。
平成四年、天寿酒造では商品化について町から依頼があったのを受けて、佐藤俊二(現杜氏)が担当、試験場の基礎研究資料を基に、酒造期を除く日常業務の合間に三年間の苦労の試験醸造を重ね、平成七年十二月に数種類の試作品を完成した。製法は牛乳から乳脂肪成分を分離除去しワイン酵母を加えて発酵させるもので、原乳に含まれるビタミンやミネラルなどはそのまま残され、透き通った淡い黄緑色でヨーグルトのような香りを持つシャンパン風の美容や健康に良い女性や若者向きの酒に仕上がった。町の各層から試飲チームを募り試飲を繰り返して品質を決定、同八年八月発泡性乳酒飲料の製造方法特許申請、同九年一月に酒類製造免許を申請、七月には認可を得て本格的な醸造を開始した。
平成九年十月、着想から七年を費やし遂に発泡酒「ミルシュ」は完成した。ネーミングはすでに八年四月に町が公募決定して商標登録し、ラベルデザインも決定されていたので、直ちに矢島町特産品〝ジャージー牛乳から生まれたヘルシーな発泡酒「ミルシュ」〞のキャッチフレーズで売り出した。
平成九年には県特産品開発コンクール最優秀賞、平成十三年には優良ふるさと食品中央コンクールの国産畜水産品利用部門において農林水産大臣賞を受賞した。