「思い」は尽きなく
代表取締役社長 大井建史
新年おめでとうございます。
四十年ぶりといわれる大雪は、我が矢島の里も例外ではなく、仕事始めは屋根の雪下ろしから始まりました。酒造り初期の十一月初蔵元訪問者限定酒 酒蔵開放当日のみのしぼりたて限定酒を販売致します。 金浦町勘六商店 金浦港で採れたての海の幸の販売です。煮タコ・沖漬イカ・沼エビ・サキイカ・etc・・・ 大吟醸については、昨今の品評会入賞酒の傾向があまりに甘濃く、天寿の酒としての範疇を超えると判断し、受賞傾向に左右されない、弊社らしいきれいで膨らみのある酒を目指し、入賞出来なければそれも止む無しとしました。 お得な宿泊プラン 《秋田市より送迎付》 JR 秋田駅東口発(8:30と10:30) ⇒ 天寿 ⇒ 宿泊先 ⇒ 秋田駅東口 酒蔵見学・温泉・料理・送迎と至れり尽せりなプラン 詳細は別紙「宿泊プランのご紹介」又は由利地域観光振興会という地元の有志の会が企画した「酒蔵びらきと味覚の旅」をご覧下さい。 ★急募★ 蔵開放のボランティアスタッフ10名募集(〆切日 平成18年1月31日) てきた事、やってきた事、さらにどの様に在りたいかという事まで伝えきれたかどうかは判りませんが、普段素人がもがいている「思い」をプロに整理してもらえる機会が得られた事を嬉しく思いました。 めに気温が下がらず苦労した事などとっくに忘れておりました。酒蔵全体がかまくらの中の様に、低温で安定し埃も立たない清澄な空気になったのはよろしいのですが、屋根の上の雪が一メートルを超え、戸が開かなくなり、軒の雪が外とつながり始めると、屋根が壊れ始め、梁がギシギシ鳴り始めると建物の倒壊の危機に陥ったということです。恐ろしい事です。
秋田市など大きな街ほど除雪の体制が間に合わず、年末も街に入ると混雑で車が動けない状態になっておりました。もはや大雪との気力の戦いになってきました。
酒造りについては、残念ながら昨年より本数を減らしてしまいましたが、更に一本一本を大切に造っております。原料処理についても、蒸米のレベルが更に一皮むけた感が有り、これが出来上がりにどれだけの影響を与える事になるのか楽しみになっております。大吟醸については、昨今の品評会入賞酒の傾向があまりに甘濃く、天寿の酒としての範疇を超えると判断し、受賞傾向に左右されない、弊社らしいきれいで膨らみのある酒を目指し、入賞出来なければそれも止む無しとしました。
「これこその酒」とはどう有るべきなのか?それを目指しながらも、これと言う到達点は見つかりません。見つからないときは基本に帰り、忠実に最善を期す。(それがここ六〜七年の原料処理の改善です。ここまで来たと思える時もたまには有るのですが…)もちろん品質の問題だけではありません。ブランド力・デザイン力・営業力・社長の実力と問題は多岐にわたる訳ですが、霧は深くとも社員一丸となって頑張って参ります。
昨年の暮れに、珍しく取材が二件ありました。月刊誌の「ブリオ」一月号と全日空のホームページにある酒蔵旅情(一月中旬UP予定)です。記者の方はどちらも女性で、知識に裏づけされた落ち着いた取材振りに、一生懸命酒の話をさせていただいている自分に気が付きました。もちろん、私個人の思い込みの部分も多々あるわけですが、それでもこれまで考えてきた事、やってきた事、さらにどの様に在りたいかという事まで伝えきれたかどうかは判りませんが、普段素人がもがいている「思い」をプロに整理してもらえる機会が得られた事を嬉しく思いました。
六年以上続けて参りました「蔵元通信」ですが、天寿の酒と共に私どもの「思い」をお伝えしたく、これからも続けて参りたいと思います。
本年もご愛顧の程よろしくお願い申し上げます。
130周年を迎える 天寿の歴史(五)ー3
六代目永吉 そのⅢ
代表取締役会長
六代目 大井 永吉
日本人の食生活の多様化、生活様式の変化は飲酒の傾向にも大きな変化をもたらし、酒類のグローバル化、ビール・ウィスキー・ワインの国産化と特にビールの消費の伸びに影響を受け、戦後最高だった五十年度を境に、清酒の消費量は確実に落ち込んでいった。その背景に五一、五三、五六、五九年度と立て続けに実施された酒税増税の影響も大きいものがある。
年号が平成に変わると、バブル経済の時代が終わりを告げ、日本経済は不況へと突き進み長期化の様相を呈するに至った。それと共に個人消費が減退し、嗜好品である酒類の販売競争は激化の一途を辿った。
このような状況の中で、酒類業界には「級別廃止」と「酒類販売免許の規制緩和」という大きな変革・自由化の波が迫っていた。級別廃止は平成元年四月第一段階として特級廃止、四年四月完全級別廃止。これを期に市場も存在感も棲み分けも、「縮小と崩壊」に向かう清酒の最大の分岐点となったのである。
元来、高率な税を課せられていた清酒だが、昭和十八年に導入された級別制度は戦時下での酒税増徴が目的だった。等級が高いほど酒税も高いわけだが「等級の高い酒は良い酒」という品質保証にもなっていた。当時、特・一級は灘、伏見が他産地を大きくリードして、二級主力の地方メーカーと所謂棲み分けをしていたが、需要の少ない地方メーカーでは特・一級クラスの品質でありながら、級別審査を受けず二級として販売していた例も少なくなく、当社もその例に漏れなかったのである。
級別に代わる新呼称問題は一級市場を守ろうとする大手を苦しめたが、殆どの中小蔵も生命線のレギュラー酒の「独自の物差し」を決められなかった。大手の新呼称が「上撰」と決まった後からようやく対応が見え始めたが、級別時代の発想と違わない表示から抜け出せず、消費者の商品選択肢となっていた質へのイメージを払拭しきれなかった。
級別廃止は酒造業界にとって新しい時代の幕開けでもあった。平成二年、級別廃止後の消費者の新しい品質選択の目安となる特定名称の制度が定められ、吟醸酒・純米酒・本醸造酒が高品質酒として認定された。
意欲のある地方メーカーは新たな商品開発へ情熱を燃やし、続々と新商品を創りだし大手の価格に対し、価値の訴求に注力したのである。





