台湾日本酒事情
代表取締役社長 大井建史
清々しい春の気候も過ぎ、六月半ばから矢島の里も大分暑くなって参りました。
「落語と天寿を楽しむ会」は今年も三遊亭鳳楽師匠をお迎えし、満席のお客様に最初から笑いの渦でご満足をいただき、大変ありがたく、師匠にもご来場頂いたお客様にも、心から感謝申し上げます。
先日、台湾の取引先であります「シティ・スーパー台湾」と日本酒評論家の松崎晴雄氏の酒の会が台北で開かれ行って参りました。世界最高の101ビル(101階建て)の市庁舎が立ち、パソコン輸出量世界一等大きく変化している台北ですが、全体的な経済の状況は決して良くはなく、上海等中国本土への投資が続いてきたとの事でした。日本酒の消費量はアメリカに次ぎ現在二位の国です。これまで大手メーカーの商品しか輸出が許されませんでしたが、台湾がWTOに加盟し、一挙に地酒メーカーの取り扱いが増えたようです。松崎氏の会へ参加した日本のメーカーはなんと40社に登りました。
関税は40%とかなりの高率であり、現地では日本国内価格の三倍近くとなりますが、日本人の経営店だけでなく、現地の方の経営される和食レストランも相当なレベルとなり、日本酒も品質を吟味して使うお店が増えてきたとの事です。その中で、お蔭様で天寿もやっと輸出が動き出した感を持てるようになりました。選んで頂いた理由は、「高くてもお客様の選択が、大手メーカーのものより多かったから。」銘柄で選べない現地の方が圧倒的に多いお店で、一合につき百円高いお酒の方が売れるからだというのです。感動しました。
お燗の酒も良く飲まれるのだそうです。日本でもお燗の事を「熱燗」と習慣だけで言う人が非常に多いわけですが、これは本来熱い燗の事を言います。海外では特に「ハッとするほど熱い酒」が多く、この間違いを正すのは大変です。「Hot」ではなく「Warm」なのです。普通は40度から50度の間でしょう。68度を超えますとお酒が焦げてきます。等々を一生懸命お話をさせて頂きました。
皆様も、台北へご旅行の際に和食を食べたくなりましたら、是非お立ち寄りください。
130周年を迎える 天寿の歴史(四)ー8
五代目永吉 そのⅧ
代表取締役会長
六代目 大井 永吉
清酒の醸造において、良質な原料米を豊富に且つ容易に確保する事に勝るとも劣らない必須条件は良質な醸造用水を豊富に且つ容易に得ることである。たとえ原料米は他県から購入運搬するとしても、醸造用水を多量に遠くから運ぶことは生産コストからみて困難で事実上不可能といっていい。従って旧藩時代において、湯沢、六郷、矢島、新屋、増田その他良水のよく湧出する所には酒造業者が多かったことをみても、いかに酒質と水とに密接な関係があるかが察知されよう。
秋田、山形の日本海側県境にある鳥海山、および秋田、山形、岩手との県境を走る奥羽山脈とこれを結び起伏する出羽丘陵に水源を発して直流または伏流して県内諸所に湧出する井水は清冽で、その水質は酒造に好適である事が、本県に優れた酒が多く生産された重要な要因である。
(以上秋田県酒造史)
酒造りにとって水は命である。昔から「良い酒をつくるなら良い水を探せ」といわれていて、全国に良水探しの苦心談は枚挙に暇がないほどである。
矢島の里は鳥海山が雄大な裾野を広げる北東の盆地、鳥海山に降り積もった雪は万年雪となり、やがて永い年月を経て大地に濾過され湧き出る湧水や豊富な井水があり、水質も酒造りに適していたので、藩政時代から御用酒屋があり、院内銀山の盛んな頃は、笹子の松ノ木峠(現在は国道108号でトンネルが通っているが昔は難所だった)を越えて運ばれた記録がある。
清酒創業の二代目永吉は、政治手腕でお城の堀から直接蔵に水を引いて洗米や雑用水に用いたが、仕込水は井水を使っていた。矢島に昔から良水の湧出する「森屋」といわれる一画があり、五、六軒あった蔵元も殆どその近辺に存在していた(現存二社も同)。かってそこに「そうりんじの井戸」と呼ばれた良い井戸があり、各蔵もその水を汲んでいた。昔は水汲みは難儀な仕事で、大きな水桶を天秤棒で担ぐか、雪道は大きな橇に積んで運んだものだった。造りの作業時間が大体同じなので各蔵の水汲みの時間も同じころになってしまう。造石数が増えてくると湧出量に限度があるから先を争うようになり、元気のいい若勢達故に喧嘩になることもしばしばあったという。そこで話し合いの結果、湧出量を多くするには深く掘り下げればいいと言うことになり早速掘り下げたところ、すっかり水質が変わってしまい酒造りには使えぬ水になってしまったという笑えぬ事実があったことを五代目から聞いている。
五代目はよく水脈の大切さを説き、自分でも「森屋」の地域に難儀をして土地を買い求め三つの井戸を掘った。幸い質、量共に良い井戸で、水質は硬度2025 mg/Lの軟水で秋田流の「低温長期醸造」に適しており、きめ細かくまろやかな旨口の酒質を生んでいる。
五代目は醸造用水の面でも大きな功績を残しているのである。