厳しい環境の中で
代表取締役社長 大井建史
二月九日に開催された「天寿蔵開放」には、今年も二千名を超えるお客様のご来場を頂き、心から感謝申し上げます。私共の思いを直接お客様にお伝えする機会を作ろうと平成十二年に始めたイベントも二十回目。今年も沢山のボランティアの方々に応援を賜り、極寒の一日は何とか盛況に終える事が出来た。
異常気象が身近となって久しいが、この三・四年の秋田の冬は特にその感を強めている。一・二月に田んぼの土が出ている事など考えられなかったが、今年は土が出ているだけでなく二月に入ると雪がどんどん消えて、季節が一ヶ月先にずれてしまったような陽気となり、かなり緊張感を強いられる醸造環境である。加えて夏場の水不足や虫の発生等も懸念される。私が入社間もない頃四代前の杜氏が前年に金賞を受賞した翌年、今年もいけると思った春先に急に気温が上がり出品酒に苦みが出て非常に残念な思いをしたり、槽場の臭いに酸臭が混じり始めたりと、清掃を頑張っても環境が整っていないと細かな所で大切なお酒が汚染される可能性が高くなる。
そんなときの為にこれまで一生懸命整えてきた冷蔵設備が活躍する。酒母室・槽場・釜場・壱号蔵等々が醸造環境の保全に力を発揮するのだ。
現在の主力商品「純米大吟醸 鳥海山」を始め弊社の吟醸は全て瓶火入れ冷蔵貯蔵の為、製造工程は精米から瓶詰・瓶火入れ・冷蔵貯蔵までとなる。瓶火入れもここまでの量となると大変な重労働であり、製造計画として盛り込まなくては全く追い付かなくなる。瓶詰の担当社員は瓶火入れが終わる五月連休前まで休日も返上しての多忙な日々が続く。
酒蔵の仕事は原料米の植え付けからお酒になるまでだけではなく、商品企画(品質・スペック・デザインなど)販売企画(販売場所・価格・ルート他)・営業(卸・小売り・飲食店・消費者)と少人数ですべてを行う必要がある。
その為に品質をいかに向上させるかと言う事はもちろんだが、今どのようなシーンで日本酒は又は弊社商品が飲まれているのか?がとても大切な情報となる。様々な場を見て回っているつもりではあるが、皆様からのご意見が何よりも勉強に成る。百九十回目の酒造りも後半に入ったが、より充実した面白い酒にする為にこれからもご指導ご鞭撻を、何卒宜しくお願い申し上げます。
松尾大社参拝
杜氏 一関 陽介
昨秋、「そうだ、松尾大社参拝へ行こう」と思い立ち京都・嵐山へ向かった。松尾大社といえば醸造祖神として有名で、数多くの醸造関係者の方々が毎年参拝されていると聞くが、私は日本酒業界に入って十五年目で初めての参拝であった。敷地内には、お酒の資料館があり、また境内の脇には全国各地の酒蔵の酒樽が納められており、日本第一酒造神と仰がれる所以が感じられる場所であった。
話は一気に蔵内に変わるが、弊社のもろみ蔵には神棚がある。松尾大社守護を祀り、会社の繁栄と働く私達の安全をお守りいただいている。昨年までは古酒の貯蔵に使用していた弊社で一番古い蔵に祀られていたのだが、蔵の改修によってもろみ蔵に移動することとなった。場所を理由にしてはいけないが、今まで醸造期間中(十月~翌年三月)にお参りするのは年末年始くらいのものだった気がする。秋に松尾大社に参拝したことと、毎日の作業場所へ神棚が移動してきたことで親近感が湧いたと言ったら大変失礼だろうが、私の中で身近な存在になっている。
冒頭に戻るが、自分の中で京都へ参拝に行こうと思ったきっかけがある。まずは全国新酒鑑評会の金賞が初めて獲れた事。そして杜氏としてこれから進むべき何かを感じとれるのではないかと思った事。何より一緒に酒造りをする仲間が健康で安全に仕事ができるようにお願いする事である。
そのおかげか、今年度も製成されるお酒は良質で、ケガを負ったり、この冬にインフルエンザを患った蔵人もいない。
酒造りはその会社の蔵人の実力勝負であり、神様にお願いして質が良くなるものではないが、自分の気持ちを落ち着かせたり、安全や災除を祈願することは大切であると思う。
一日の最後に蔵内を一周するのが私の日課だが、神棚に向かい「今日も一日無事に終われました」と報告して終わるのである。