座右の銘
代表取締役社長 大井建史
ついこの間までコロナ禍と大雪に呻いていたが、庭の大雪はそのままながら真っ青な空や輝きを増した太陽と光る鳥海山が春の気配を感じさせる。
緊急事態解除が動き出したがコロナ罹患の数はもう一つ下がらず、耐えて来たこれまでの忍耐の時期から春の躍動の予感とワクチン接種を心待ちにしているのが、正直なところだ。
人は己を律する時、自分の心に留めて置く戒めや励ましの言葉を必要とする。自分の生きて来た経験から共感出来た言葉に、「これこそは」と思う事は誰もが幾度も経験した事だろう。
誰もが生きて来た中で、喜び、傷つき、悲しみ、涙する。一人ひとりがそれぞれの人生において、喜びに震え苦難に堪えて来ているのだとは思うが、十年前の東日本大震災や大規模な洪水、ついには世界規模のコロナ禍。
人類が世界中で同時に居竦み、息を潜め、家に篭る様な事は無かった。可能性はSF小説や戦争小説には有っても、現実世界に起こる程人類は愚かではないと思っていたはずだ。ペスト・天然痘・梅毒・インフルエンザ・エボラ出血熱等々人類は抑え込んで来たのではないのか?
ワクチン開発が人類の英知と平和の希望ではなく、世界の覇権を争う道具と堕するのを目の当たりにすると、何度失敗しても歴史は繰り返し、人間は成長しないのがこの上なく悲しい。
しかし、いつの時代でも希望の光は、狂信ではなく、教条でもなく、経験を経て自分が触れた、自分がそう有りたいと思う「言葉」ではないだろうか。
築二百年に成ろうとしている我が家の仏壇の横には、三代目の書「積善之家必有余慶」がある。若い頃、凡庸な自分の判断基準となる僅かな経験から来る短い定規で、「善」とは何かを考えた事もあった。地元の消防団・商工会・青年会議所等々ボランティア活動にはほぼ参加してきた。「情けは人の為ならず」。先輩から頂いた色紙にある「兀兀地」は現在の私の座右の銘「コツコツと」と言う意味の仏語だそうだ。他の先輩がよく使われるのが「日々是好日」達人の言葉は厳しい。毎日を最高の日にする為に最善を尽くすなど、根が怠け者の私には理想ではあるが鞭の様に感じる言葉だ。
皆様、コロナ禍も一年を超え、人と直接繋りを持つことが難しく、我慢我慢で息苦しい情勢です。天寿では百九十一回目の酒造りが終了間近で、フレッシュな香り漂う新酒が目白押し‼恒例の雪室開封イベントも密を避けるため『第二弾 雪室開封春のドライブスルー販売会』 として行う事に決定致しました。(4P参照)「明けない夜は無い」事を信じて、もう少し家飲みを楽しみながら頑張りましょう。
備える
杜氏 一関 陽介
雪の多かった冬が終わり、矢島にも春の訪れを感じさせる暖かい日が増えてまいりました。今年は四月中旬まで酒造りが続くので、お酒の品質を考えれば、もう少しの間寒いままでいて欲しいと願っているところです。
コロナウイルスの影響で仕込みの量が残念ながら減ってしまった今年度の酒造りですが、その分仕込み一本一本に籠める私達蔵人の気持ちは増していますし、手間を惜しまず自分達が今できる事を考えて日々の酒造りに勤しんでおります。
そんな中、最高峰である全国新酒鑑評会出品酒も二月中に無事に搾り上げ、私は少しホッとしているところです。昨年度は全国新酒鑑評会入賞に始まり、東北・秋田県の品評会で好成績を収める事ができました。中でも秋田県清酒品評会での吟醸酒の部・首席受賞は何よりも私達にとって今年度の酒造りの励みになり、今年も首席・・・という気持ちで取り組みましたが、結果は神のみぞ知るといったところでしょう。
また、日本名門酒会様企画の立春朝搾り、またコロナウイルス対策で天寿酒蔵開放が中止となり、その代替として開催したドライブスルー販売会と行事が続きました。どちらもその日に搾ったお酒を当日出荷するのですが、お酒の質は香りも良く発酵によるガスがお酒に残りピチピチフレッシュに仕上げることができ満足しています。どちらのイベントも今年は例年通りとはいきませんでしたが、お酒が美味しかったという声をいただき嬉しかったのと同時に、来年は通常での開催を願うと共に今年以上の酒の出来にしようと思っておりますのでご期待ください。
出品酒の仕込みやイベントが終わり、少しホッとした毎年この時期に考える事があります。東日本大震災。十年前のあの日、私は仕事が休みで、自宅で昼寝をしておりました。地震にびっくりして飛び起き、前杜氏が出張でいないことを思い出し、直ちに会社に向かったのを今でも鮮明に覚えています。
製麹室には麹が入っていましたし、もろみも沢山ありました。搾りもあったように記憶しています。まだ寒い時期でしたので醪は大丈夫。搾っていた酒も大丈夫。麹は停電で機械が動かないのでストーブで麹室を温め、朝の出麹までなんとか終わらせました。また、余震に備えて箱に入った商品も高くパレット積みしていたものを低い位置に下ろすなど様々な対策を取った記憶があります。あの日から十年。十年経つと人も入れ替わり、あの時いた先輩方の多くが退職され、当時の事を知っている現役メンバーは少なくなりました。何も起こらないのが一番良いのですが、自然には勝てません。自分達にできるのは有事の際に被害を最小限にできるように「備える」というのが非常に大事だと思います。
毎日の酒造りでも予期せぬトラブルはあります。自分が一度経験した事や知識を技術に変え、いつトラブルが起きても対応できるように心の準備をしておくこと。また後輩へ受け継ぎ伝えておくこと。それも「備える」ことの一つだと思います。その備えが商品を守ることは基より、酒質・技術の向上へと繋がると考えています。
世の中、明るい話題は少ないですが、暗くなってもしょうがありません。天寿を飲んで明日も頑張ろうと思ってくださるお客様の為に少しでも美味しいお酒を届けられるよう、蔵人メンバー一丸となって残り一ヶ月気合を入れて醸し続けます。