吟味して醸す
代表取締役社長 大井建史
未曾有の被害が広がるコロナ禍の中、世界中がその苦しみの中でもがいている。100年前の大正時代に三十九万人以上亡くなったと言われる香港風邪等、日本でも全国的に蔓延した伝染病は有った。しかし、これだけ文明が進んだと思っている我々が、近年の頻発する震災や豪雨による洪水などの自然災害には、現代でも人間の力は何程の物かと思わせられる。
世界的にもイギリスのEU離脱や北朝鮮の核開発問題、中国の自由社会破壊を思わせる香港支配への露骨な活動やアメリカとの対立、そして何より新型コロナウィルスの蔓延が、経済の健全性を阻害している状況だ。
日本もリーマンショックをはるかに超える大変厳しい経済状況にあり、コロナの影響を大きく受けた弊社も、雇用確保のための休業処置等政府の支援策を利用しながら、何とか体力の温存に努めている。
二十年前に社長に就任し、清酒消費の大縮小期に差し掛かった時代を社員の皆と共に乗り切ろうと頑張ってきた。愚直に品質の向上に努め、製造作業の一つ一つを確認・改善し、その作業精度にとことんこだわる事で、純米大吟醸鳥海山を生み出し、結果全ての商品の品質向上へとつながり、コンテストの入賞率・回数等から2019年は世界酒蔵ランキング6位に賞された。
当時と比べると現在全国の日本酒消費量は六分の一となり、弊社は数量でピーク時20%となっている。
厳しい時に一挙にV字回復出来るのは天才的な発想がないと難しい。しかし、天才はいなくても、方向を定め皆で知恵を出し合い、目の前の仕事を確実に・正確に・思いを込めて一歩一歩進めて行く事が我々に出来る事だ。
私は社員皆と今ここにいる縁を思い、仕事へのプライドを持ち、コミュニケーションの活性化を図り、緊密な連携により相互理解を深め、各部署の仕事にもっと深く入り込んで、積極的に改革を進める事を期待する。
生物の進化では強い者が生き残ったのではなく、うまく環境に適合できたものが生き残ってきたと言う。Re:Start 今時代にそれを求められてしまった。周りの環境は色々な要因で大きく変化しており、我々だけが何も変わらずに生き残れるはずはない。変化に応じて、スピードに負けずに常に進化して行かねばならない。
吟味して進む・吟味して醸す!!
あと二ケ月で191回目の酒造りが始まる。圃場の酒米の稲穂は、頭を垂れはじめた。
パック酒の実力
杜氏 一関 陽介
新型コロナウイルス感染症の影響で旅行やお盆の帰省を自粛せざるを得なかった夏もあっという間に過ぎていきました。人が動かないことで飲食店やお土産品店では非常に寂しい夏になったのではとお察しいたします。
三月の緊急事態宣言から半年。行動自粛、生活様式の変化を求められたことによって、何とも言えない息苦しい生活の中で増加する自然災害や四十度を超える猛暑。私たちの生活において過去に例を見ない程の影響があった半年だったのではないでしょうか。
さて、そんなコロナ禍で感じる日本酒の話をしようと思います。まず、生活スタイルが変わった事で私たちが欲しいと思う物が大きく変わったのではないでしょうか。分かっている話ですが、マスクや体温計の欠品に始まり、ウェブカメラが好調でゲーム機は品薄、バーベキュー用品等の需要増など衛生用品やステイホーム関連の商品が好調のようです。
弊社でもコロナ禍において売り上げに影響がある中で好調な商品があります。
その名は『精撰サケパック』。
今の日本酒業界は特定名称酒、さらに言えばアルコール添加をしない「純米酒」が売れる時代です。その勢いに圧倒され精撰は年々減少を続けているのが現状です。そんな中でこの半年間のサケパックの売り上げを見ると、前年比で約10%の伸びを記録しています。私感も入っておりますが、幾つか理由がありそうです。「容器が紙なので捨てるのに楽だ」「家飲みは量が増えるので低価格帯が良い」「料理をする回数が増え、料理酒として使われている」「単に美味い」などを推測しています。
さて、この精撰については一年ほど前にもこの通信に書いた通り、十五年前の三分の一の量にまで減っている中でまだまだ地元の看板商品であり、私がこの仕事に就いて天寿の酒造りを覚えたベースでもあります。蔵に見学に来られた方に私が良く話すことがあります。「最近は特定名称酒(所謂高精白米と華やかな香りが高く出る酵母で醸し、搾ったら直ぐに瓶詰め・火入れをして冷蔵庫で貯蔵したもの)が人気で精撰は影を潜めている。良質の米と徹底した品質管理ができれば悪い酒はできない。米をそんなに削らなくても、貯蔵環境が違っても、できる限り特定名称酒の管理に近づけていくことで自分の造る酒のベースである精撰の品質向上をしたい」と。前述で「単に美味い」と冗談のように書きましたが、その気持ちで酒造りをしているからこそ、そうあって欲しいという願いも込めています。
最後に、いつになったら普通の生活に戻るのか、戻れるのか。もしかすると「普通」が変わる事も想定しなければならないかもしれません。そして、健康でなければ良い酒造りはできないので、自分の身は自分でしっかり守ること。嗅覚を研ぎ澄まし、次はどんな商品が求められるのか、自分達にできる事は何なのかを常に意識すること。この事を念頭に置いて、一ケ月後に迫りくる新年度の酒造りに臨もうと考えています。