秋田酒米事情
代表取締役社長 大井建史
初めに、この度の台風で被災された皆様に心からお見舞い申し上げますと共に、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。
今年は各地で天災による大変な被害が出ておりますが、幸いにも秋田の米の作柄は104%でやや良と言われております。稲の成長を例年と比べますと、春は日照不足により一週間遅れましたが、八月に入ってからの熱波でお盆には一週間進んでいる程の違いが出ました。
私が秋田県酒造協同組合の原料米対策委員長を拝命してからなんと13年目に成りました。異例の長さではありますが、その間酒造組合が買い取る米を全て契約栽培と致しました。
最初は県産の酒造好適米が正式な契約栽培に成っていなかった為、生産調整の権限が酒造組合に無かったり、県と酒造組合が十年かけて開発した酒造好適米の種子が県外に流れそうになっていたりと、契約栽培の基本が曖昧な状態でした。問題提起したところ、いつの間にやら委員長に指名され現在に至ります。
最初の仕事は「秋田酒こまち」の種子が勝手に売買されない様に県条例にしてもらった事。基本的に酒造好適米は食用米に適さないので、売買契約のある農家にのみ種子を販売し、過剰生産に成らない様にしました。
次に酒蔵への契約栽培のルールの説明と理解を図りました。農家と酒蔵の関係はお互いに良くなければ持続しません。持続可能な契約とは何かをしっかり認識し、将来の安定も確保した関係を構築しようと努力しました。
精撰等の仕込みによく使われる当時四千トン以上あった食用一般うるち米も、加工用米として購入すると国の補助金が入り、酒蔵にも有り難いリーズナブルな購入価格となりますが、産地や品種の指定が基本的に出来ません。しかし地域流通米制度が出来てすぐに秋田県酒造組合として取り組み、全国に先駆け、加工米の補助金を取り入れたまま県内農協と生産エリア・品種の指定も可能な仕組みを構築し、県外酒蔵から羨望されております。
また、秋田県で新開発した酒造に適した米「ぎんさん」を敢えて酒造好適米登録しない事で、地域流通米等にも作付け可能にし、普通酒の原料米からの品質向上に貢献いたしました。
更に9年前から、日本で初めて秋田県酒造組合として団体で山田錦の村米制度に参入しました。秋田県での使用量は比率的には少ないのですが、全国新酒鑑評会出品酒用に兵庫県の山田錦が使用されています。(この優良酒造好適米「山田錦」を超える事を目指し十年間の研究を経て開発された「秋田酒こまち」は、良質ながら軟質米系となり、山田錦とはタイプの違うものになりました。)現在は3000俵を超える契約栽培となっており、結果弊社の使用原料米は天寿酒米研究会産とあわせて、全て契約栽培米です。
九月十四日、晴れ。
杜氏 一関 陽介
鳥海山に登ることにした。人生で初めての本格的な登山である。社員少数精鋭ではあったが、「鳥海山」という酒を醸す者として、一度も登った事がないのは如何なものかと思ったのがきっかけである。
山は雄大な美しさだけでなく、それ以上に怖さを持つ。登山経験者から聞いた話によれば、苦労はするだろうという覚悟はできていたわけだが、いつも目の前にそびえ立つ鳥海山に私は親近感を持っているせいか、「どうにか登れるだろう」と少し簡単に思っていた。結果は山頂まで残り三百メートルのところで断念し、登頂はできなかったわけだが、本当に行って良かったと振り返る。ここで私が登頂できなかった話はひとまずおいておく。
登山の少し前の話である。私は基本新しい事を始める時は物から入るタイプで、登山靴・ストック等をしっかり揃えることにしスポーツ用品店へ足を運んだ。当然登山経験の無い私は店員さんへとりあえずお任せすることにした。店員さんは自身も登山が大好きだそうで、鳥海山の麓に住む私を羨ましそうにしていた顔が今でも印象に残っている。そして初心者である私に装備だけでなく、いろいろなアドバイスをしてくれる等、丁寧に対応してくださった。また、私が勝手に感じた事ではあるが、接客の姿勢は登山が大好きだからこそ、初めての登山を楽しいものにして欲しいという気持ちがこちら側に伝わってくるようであった。だから私はこの人から買おうと思った。
会計を済ませた時にはすっかり頂上まで無事に行って帰って来る場面を想像できるほどであった。結局登頂断念はしたものの、おかげで楽しい登山になった事を、次に登山をする準備の時にでも、店員さんに報告できればと思う。
さて、登頂を断念した私の話である。九合目を過ぎ、頂上がすぐそこに見えているのに足が進まなかった。完全に日頃の運動不足と根性の無さが原因である。ただ、無理をして登り、下山できないなどということにならず本当に良かった。今回の登山で目標達成はならなかったが得たものは沢山あった。その中でも山に登るという一つの目的達成の為に、お互いが気遣い、助け合う気持ちを共有できたことで、同行した社員のチームワーク力は上がったのではないだろうか。
そして、肌で感じた大自然の驚異、雲の上から見た美しい景色など自分の五感で感じた風土をどうにか表現できないかと考えているところだが、令和最初仕込みも既に始まっている。セールストークも大事だろうが、「あなたのお酒を買いたい」と言われるような酒質を目指し、私は自分の仕事にこれからも邁進する。