暖冬
代表取締役社長 大井建史
まだ、還暦の私だが、我が矢島町で初めての冬を過ごした。何が初めてかと言うと「雪が無い冬」である。
子供の頃は除雪が悪く玄関から階段を作り道に上がる感覚であった。その後も除雪車が通ってもその雪を捨てるのは困難を極め、トラックやダンプをチャーターしないと自分の家の前の雪を無くす事は出来なかった。毎日の作業は大変だが、道路の雪をきれいに寄せられるようになったのは、流雪溝が出来てからの二十年ほどである。
雪国の除雪予算や計画は莫大であり緻密である。有限の地方予算をその年の天気を対象に計画を立てるのは困難な作業になるが、甘く見ていると大雪の時にそのツケが大きく膨らむので大胆さも必要となる。大変な重責を担いご苦労な事と頭が下がる。
そんな土地柄なのに、今年は「雪が無い!」私が海外に赴任でもしているのであれば、「嘘つくな!」と言う位に雪が無いのだ。
弊社の所在地の流雪溝利用時間は八時十分から三十分間と決まっており、その間毎日十人で除雪をするが、〇.五時間×十人×六十回(三か月)=三百時間がほぼ今年は作業に回せている。今年の除雪は今の所四十時間位だろう。大変な違いがこれでご理解いただけると思う。一月からは雪が無くても気温が一桁だったので、警戒した割には安心できる酒造りとなったが、三月早々の温度上昇が予想され、通常では無い冷房の為の電気料金上昇などが心配される。フキノトウが一か月以上も早く出てきており、夏場の水不足・害虫の異常発生等心配は尽きない。
昨年八月前半の連続猛暑日により、秋田の米は高温障害がひどく溶けづらい米、おまけに未だかつてない暖冬であるが、百九十回目の酒造りは一関杜氏を先頭にした蔵人たちの奮闘により、思いのほか(笑)順調である。
それでも、二月第二土曜日の天寿蔵開放には、その前の二~三日の雪で少し冬らしくなり、大変有り難い事に前年同様多くのお客様を迎える事が出来た。また、社員を超える人数のボランティアの皆様のお陰でそのお客様方に対応出来た事に、心から感謝申し上げる。
これまで造り酒屋を長年続けて来られたのは、地元のお客様のお陰。そのお客様に日本酒の情報・天寿の蔵やお酒の情報がまるで伝わっていない事を嘆き、二十二年前に天寿の蔵に親しみを持ち「おらほの蔵」と思って頂ける様にと始めた。回数を重ねて参加者が千名を超えて来た頃商工会青年部が、その後で観光協会が参加して来てくれ、「矢島の冬まつり」となり、中学生や高校生のボランティアも参加するイベントに育った。
大変有り難い事だと思っている。私は社内の運営だけで手一杯となっており、外の雪まつりの様子を見る事は叶わないが、弊社も含め至らない点が多々あった事と思う。
人口が激減する過疎の町で、人が集まり元気に闊歩する数少ない一日を、皆様のご指導ご鞭撻により、更なる発展に御導き願う。
金賞受賞によせて
杜氏 一関 陽介
矢島に住んで十六年。暖冬とはいえ、こんなに雪の無い冬は経験した事がないかもしれません。少雪の影響による水不足が今年の稲作に影響がでないかと心配しているのですが、このまま春になってしまいそうな勢いです。
反面、十二月から二月までの間、蔵の中の気温は極端に寒くなったり暖かくなったりすることも無く五~七度を保っており、比較的品質管理はしやすい環境だったように感じています。
全国新酒鑑評会の出品酒も先日無事に搾りあがりましたが、ここから四月初旬まで残り三十本の仕込みがまだ控えています。一息つきたいところですが、緊張感を絶やさず乗り切りたいと思っています。
さて、二月二十日にワイングラスで美味しい日本酒アワード2020の審査結果が発表となり、連続受賞の純米大吟醸鳥海山と、初受賞のスパークリング鳥海山とのW金賞受賞となりました。造り手として大変励みになりますし、喜ばしいことですが、この結果から喜びより先に私が得たのは二つの安心感でした。
一つは毎年国内外のコンクールで必ず賞をいただく商品に成長させていただいた純米大吟醸鳥海山が今年も無事に受賞できた事です。その年の気候条件によって変わる原料米の品質と醸造環境に真摯に向き合い、その年にできる最良の酒を目指し醸す蔵人の技術の証明になるでしょう。
もう一つは発売から日も浅く、まだまだ改良の余地を残すスパークリング鳥海山が受賞に至った事です。仕込み一本ずつ改良を重ねてきたこの商品は、酒質設計から品質の良し悪しまで今もなお試行錯誤中ですが、どうにか受賞できるまでにたどり着いたという安心感を受けました。
賞をもらうことが最終目標ではなく、この賞を励みに私達は試行錯誤し、更に良い酒を醸してお客様の「美味しい!!」の声を求めて参ります。仕込み終盤、蔵人全員が技術を出し惜しまず、フル回転で春まで頑張ります。