天高く馬肥ゆる秋
代表取締役社長 大井建史
今年も残り二か月となり、鳥海山の紅葉の盛りも過ぎて雪に向かう時期となりました。蔵人達の米作りもまずまずの作柄の収穫を終えて、日焼けした顔に充実感を漂わせ酒蔵に全員集合いたしました。
天寿の酒造りの命題は「地元で出来る最高の酒を造る」こと。昨年三月以来のコロナ禍により耐え難いほどの厳しい状況ではありますが、日頃からご愛顧いただいているお客様や二十年以上お付き合い頂いている海外のお取引先に支えられて百九十二年目の酒造りに入りました。
例年に比べて貯蔵用冷蔵倉庫を埋める在庫に呻きながらも、それでもご期待には絶対お応えできる様、現況に合わせた製造計画をたて、一同気合を新たに邁進いたしております。
十月一日の日本酒の日から緊急事態宣言も明け、実りの秋という事で「食を楽しむ」にはとても幸せな季節です。日本酒も冷やだけではなくお燗にしたお酒が身に染みてくる季節でもあります。
「食を楽しむ」のはとても贅沢な感じがします。もちろんお店も料理も値段もピンからキリまでありますが、私などはさんま(最近は高級魚になってきました)の素焼きに醤油をかけてぬる燗の徳利と盃を持つと、それだけでゾクゾクするほど幸せを感じてしまう今日この頃です。
楽しもうと思う気持ちが有るかどうかで、食の充実感が全然違いますよね?今コロナ不況に喘いでおられる飲食関連の皆様から如何に手軽にその喜びをご提供いただいていたか、行けなくなると身にしみてわかります。
人間が千年以上かけて造り上げた料理・酒そしてそれを楽しむ文化は掛け替えの無いものですし、健康で元気に生きる為のツールでもあります。それがなければ食事は単なる生きる栄養補給の為の餌となってしまいます。それでは悲しすぎますし、何より食事やお酒を酌み交わす喜びやくつろぎの人生における大変な価値を放棄する事は考えられません。
コロナ禍で随分と色々な我慢を強いられました。断念せざるを得なかった事も多々ありました。全く同じ生活には戻れないかもしれません。しかし、我々は一つ一つ問題を解決又は改善しながら、コロナ共生時代の新しい社会を創造して行きたいものですね。
酒造りに感謝と期待を込めて
杜氏 一関 陽介
二十日に秋田県清酒品評会の結果が発表され、三年連続三回目の秋田県知事賞を戴くことができました。昨年度のように首席とはなりませんでしたが、蔵人メンバーの努力が実を結ぶ結果になり本当に嬉しいです。
四年前までは良くて入賞止まりだったのですが、麹菌・酵母菌を替え目指す酒質を変更したことにより高成績をいただけるようになりました。ただ菌を変更すれば成績が良くなるということは当然ありません。製麹方法・もろみ温度管理・搾った後の管理など、目標に向けた私達の微生物管理も変わりました。
この三年連続の県知事賞受賞は、兵庫県多可町秋田村で育った特等の山田錦と地元の鳥海山伏流水で醸すこの酒に、私達が考える製法が上手くマッチした結果と言えると思います。変更に至った経緯はいろいろありますが、何よりも品評会へ出品するのであれば上位へ昇り詰めたいという私の気持ちを理解して造らせてくれている会社はもとより、ご指導いただいた醸造試験場・先輩杜氏の方々には本当に感謝申し上げます。四年連続を目指して今年度も頑張ります。
さて、全国的に緊急事態宣言も解除になり少し街にも活気が出てきているように報道はされていますが、全てが直ぐに元通りということにはならないでしょう。そんな中ではありますが先日、高校の同期が営む飲食店へ何年振りかで訪問しました。想像はしていましたが、コロナ禍に入ってからは感染対策の徹底・人数制限により売り上げは伸びず、また感染状況によっては折角の予約もキャンセルになることで苦しい状況のようでした。明るい性格で、一緒にいる時は笑顔が絶えない彼ですが、今この現状が本当に大変なのだと感じさせる顔をしていたように感じました。同じように全国の飲食店様が大変な思いをされていることを改めて考えれば非常に切なく、また私達の造る日本酒の出番が少なくなってしまったこの現状については、果たして元に戻るのかとさえ思ってしまいます。
先日、地元矢島小学校の三年生が社会科見学にいらっしゃいました。私にとっては毎年恒例行事であり、酒造りの工程を小学生でも理解できるように説明することの難しさを痛感させられる時間でもあります。内容を理解してもらいたいが為に、つい先生になったかのように熱弁してしまいがちです。しかし重要なのは約十年後、成人を迎えた時に飲んでもらえるように、そして進学や就職などで県外に出た時には地元の自慢の酒になるように、欲を言えば自分も酒造りをしたいという人材が出てくるような姿勢を魅せる事なのだと思っています。
これからの社会がどのように進んでいくのかが想像できない状況が不安で仕方ありませんが、お陰様で今期も酒造りをすることができます。自分の仕事は良質の酒を造ることではありますが、地域の為、地元の伝統産業を継承していく側面もあることも忘れずに今年の酒造りに臨みたいと思います。酒造りが終わりを迎える来春は、せめて行きたいところへ行きたい時に行ける、会いたい人に会いたい時に会える、そんな春が訪れることを願って…。
天寿百九十二期目の酒造り、頑張ります。