有り難し
代表取締役社長 七代目 大井永吉
五月二日に皆造(その酒造期のお酒を全て搾り終わる事)を迎え、酒蔵は新酒でパンパンになりながらも、静かな熟成の時を迎えました。
雪室開封イベントにご参加いただきました皆様、誠にありがとうございました。午前中に開催したお客様ご自身で瓶詰めできるイベントでは、コロナ前からの常連の方も多く、「これを汲んでから毎回キャンプに行くんだ」とおっしゃる県外のお客様など多彩な方々が来られ、私共も本当に楽しませて頂きました。夜の飲食店様でのイベントも盛会裏に終える事ができ、今年は早々に売り切れとなった「雪室氷点熟成純米生酒」をお買い求めいただいたお客様に心から感謝申し上げます。
子供の比率が十四年間全国で最も少ない秋田県。とりわけ由利本荘市では海上風力発電の設置・その送電の為の大規模送電線工事・鳥海ダム工事・TDK新工場設置など大プロジェクトは地域発展の為には有り難いのですが、これまでの若手流出による過疎化の進行した地域で俄かに求人が始まると、人手不足からなる人件費の急激な高騰につながり、中小企業が社員を採用できない事態に陥っています。
私は酒造りはお客様の口に入るまでと考えています。如何に良い品質のままお客様の楽しまれる所まで持っていくのか。
酒造り中の瓶詰は、瓶貯蔵が必要な上級酒の比率が増えたため、上槽(お酒を絞る事)の度に全量瓶詰・火入れ・冷蔵という工程を出来るだけ速やかに行う必要が有りますが、十一・十二月の年内最大の繁忙期も挟みながら、同時にこれらの作業をするのは至難の業です。その上、今年は人手不足も加わり蔵人・営業・事務職も力を合わせ、一丸体制で何とか乗り越えました。ここに述べるのもなんですが、社員一同に心から感謝をしております。
造り酒屋でも私の世代は、ほとんど普通酒の時代から本醸造→純米→大吟醸→純米大吟醸と一つ一つの市場を少しづつ広げようと、更にしぼりたて生酒→生貯蔵→生酒と日本酒の季節感を訴え、それにひやおろしも加え、生酒と燗酒の味わいの訴求に器の違いによる味わいをお伝えしリーデルの大吟醸グラスの選定にも参加しました。足つきグラスの箱についているお酒のラベルは、その審査員を務めた酒蔵の証です
プレジテントが創刊されたころの宅急便ビジネス特集に辛子明太子のやまやさんと天寿のしぼりたて生酒が記事に「えらい違いになった」とは思いながらも、懐かしく思い出しました。
その頃は、生酒を秋田で最初に販売をするため、初年度は一回火入れの生貯蔵とし、生酒は牛乳と同じ様に冷蔵しないと悪くなる事を説明して、販売店全店が冷蔵庫に貯蔵している事を確認してから、当時「本生」と言われた生酒に切り替えました。
また、特定名称酒と言われる純米・吟醸などの味わいを理解し広めてくれる酒屋さんや飲食店はほとんど無く、一店一店歩きながら商品の説明を繰り返し、体験し納得してもらいはすれど、それでもお客様への訴求は自信を持てない為、宣伝して頂けない世相でした。
そうした中、日本吟醸酒協会をはじめ様々な任意団体や日本酒楽の会など酒蔵同士のグループが切磋琢磨し、また全国各地で大変大きな活躍をされた地酒小売店様や飲食店様のご支援のお陰で、ワインに肩を並べるようなステータスを日本酒も持つようになりました。
日本の食文化の為にも誠にありがたく、感謝申し上げるしかありません。
初孫の初節句にこいのぼりを上げようと、爺様初心者が大きさと竿を立てるスペースや工事に「え?こんなに大変な事だったの!」とあたふたよろよろと動きながらも、大井家九代目を眺めながら、全ての事柄に対し感謝にたえないこの頃です。
最良とは
杜氏 一関 陽介
四月二十二日、雪室氷点熟成純米生酒が解禁になりました。例年このイベントの頃は桜が見頃を迎え、春を感じられる時期なのですが、当日は風が強く寒い一日でした。三月から気温が高く桜の開花も早かったのに、桜が散った途端に寒さが戻るような異常な気候についていくのは大変で、もろみもまだ残っており、品温管理にまだまだ気が抜けない時期だというのに、自然というものが怖いものだと再認識させられました。
イベント当日は三年振りにお客様と一緒にタンクの開封をすることができ、お客様自身でお酒を瓶詰めしていただく従来スタイルで開催することができました。そして夜には開封したてのお酒を当日に楽しんでいただくパーティを県内外で行うことも出来ました。弊社にとってコロナ前の恒例行事でしたのでやっと通常に戻ってきたなと実感できる一日となりました。
またその日は私が所属する山内杜氏組合が今年百周年を迎える記念として醸したお酒の秋田県内の発売日でもありました。日本醸造協会より百年前から存在する酵母「協会1号」を購入し、現代の醸造技術で醸すという企画で、賛同した県内十蔵が参加しました。各々のスペックで醸し、「故きを温ねて新しきを知る」べく先人に思いを馳せ、今自分達にできる美味い酒を目指して取り組みました。弊社は原料米に秋田酒こまち65%精米、生酛酒母を採用し、柔らかな旨味が感じられて、やや強めの酸味が口中を爽やかにしてくれるような冷や~ぬる燗で美味しい純米酒を目指しました。初めて使う酵母ではありましたが、狙ったところに近い酒質に仕上がっていると思います。来月には県外でも販売される予定ですので見かけた際には是非お試しください。
さて、何気なく最近あったことを二つ書き連ねてみましたが、そこで思うことがありました。
弊社には雪室開封以外にも酒蔵開放などイベントがありますが、その内容も自分達が恒例・慣例と思っていたことをコロナの感染対策の為に変更「せざるを得ない」ことが沢山ありました。「せざるを得ない」と思った時は苦渋の決断でもあったわけですが、やってみたら変更「した方が良かった」と思うこともありました。もう一つは、いつの間にか時代のトレンドで消えてしまい、「古い」というだけで使われていない物を再検証してみると、私たちが体験していなかっただけで、その良さが再発見できれば、現代でもう一度「新しい」に変えることもできるのではないかということです。
なんでもかんでもやれば良いというものではありませんが、自分達らしさを持ち続けながらも、新しいアイデアを取り入れる柔軟さや、過去の物事(技術)であっても良いものは再度取り入れようとする気持ちが、お酒の品質向上・お客様に楽しんでいただけるイベントの開催に繋がるのだと思います。
五月二日に皆造を迎えたばかりですが、早々に来期の製造計画の立案を始める予定です。
杜氏十二年目の酒造りに向けて、今年取り組んだ事の反省に留まらず、経験したことない過去の酒造技術にももう一度目を向けてみたいと思います。それがきっと最良の酒に繋がると信じて。