天寿酒米研究会
代表取締役社長 七代目 大井永吉
春先から不順な天気が続き、その後秋田も梅雨に入ったとの事ですが、空梅雨なのか違うのか…、中々判断が難しいようです。
そんな中でも田んぼの苗は力強さを増してきました。これまでの低温と風の影響で生育にやや遅れが出ているとの判断ですが、六月二十二日に行った天寿酒米研究会では、メンバーが稲株を持ち寄り、指導者で酒母の頭を務める佐藤博美氏はバラツキはあるものの全体として例年並みであると判断し、田の水の深さや中干にかかる日にちなどを明確に指示するなど、メンバー全員と真剣な討議を致しました。
天寿の酒造りの目標は「この地で出来る最高の酒を醸す事」これまで開発された酒米のうち最も私が注目している百田を若手社員が希望する禁断の精米歩合二十五%とし、今この地で出来る最高を目指してみました。「天寿 純米大吟醸 百田 スペシャル25」初孫の生まれた年の新たな挑戦です。
天寿酒米研究会は昭和五十八年(一九八三年)に六代目が「酒造りは米作りから」と矢島で農業を営む蔵人三名に美山錦の栽培を委託したことから始まります。翌年帰郷した私が二年目から担当し、社員やそのつてをたよりに米作りの腕前の評判なども聞きながら少しづつメンバーを増やしていきましたが、当時は食糧管理法の為大変苦労致しました。
食糧管理法とは、戦時下における食料供給の安定を目的に制定された法律。(廃止は一九九五年)、米を作ると全量国が買い上げてくれる時代でしたので、品質よりも少しでも収穫量を増やすことが主流でした。国民に米が足りない時代には大変重要な法律だったと思います。しかし、私が帰った頃には既に余剰米発生が続き、政争の具となっておりましたので、一人一人と「食管法は米が余っているのでそうは続かない。自由化になっても目の前にある酒蔵が酒造りが続く限り契約栽培米は全量買い取りますから」と説得を続けたのでした。
酒米研究会の勉強会で「なんで酒屋の為にそんなに気を使った米を作らなきゃいけないんだ」と言われたこともありました。
今は酒造好適米の方が価格が高いのですが、当時は一般米の方が高く収穫量も多いため、メリットは中々理解しがたかったと思います。しかし、志高くメンバーになっていただいた方々には差額を奨励金として出したりして維持発展を図りましたが、自由化になり価格が逆転すると、今度はそれまでの苦労を知らない周りから、あきたこまちの作付割合を削減されたりなど、色々な歴史が有ります。
本当に良いメンバーに恵まれておりますが、ここに来て高齢化が心配の種です。
今回コロナやウクライナ戦争に端を発した諸物価の値上がりにより、弊社も値上げをさせて頂きましたが、日本酒が二十年値上げをせず何とかなったのは市況もありますが一番は米の値下がりです。食管法を突然廃止され農家は梯子を外されたようなもので、将来にわたる農業経営感覚を育てる必要がなかったほとんどの農家はいじめられすぎました。今日本の農家で跡継ぎのいる割合はどの位あるでしょう。我が町ではほとんどいません。十年後の日本の農業はどうなってしまうのだろうと心配しております。
若者が農業の跡継ぎになっても良いと思える日本農業に早くなってもらいたいと祈るばかりです。
令和五年度へ向けて
杜氏 一関 陽介
五月末に審査結果が発表になりました令和四酒造年度全国新酒鑑評会において金賞をいただくことができました。入賞に甘んじた昨年度の悔しさを晴らすことが出来たのと同時に、蔵人メンバーの努力が実る結果となり最高の気分です。また日頃からご愛飲いただいております皆様方のお力添えにより、日々の酒造りが出来ていることに改めて感謝を申し上げます。出品するからには絶対に金賞が欲しい一心で取り組んでまいりました。この結果を励みに来年度の酒造りに臨む所存です。是非ご期待ください。
先日、全国新酒鑑評会に全国の酒蔵から集まった出品酒を一度に利き酒できる製造技術研究会が開催され、広島県へ行ってまいりました。コロナによって研究会自体の開催が無い年があったことと、自主的な行動自粛もあって私自身四年振りの参加となりました。コロナ5類移行直後ということで参加者の人数制限もある程度あり、また感染症対策により利き酒方法が変わったことで、四年前に参加した時とは少し会場の雰囲気が変わった印象でした。それでも、肝心の弊社の出品酒の品質の確認と出品酒全体の中での自分達の現在地をしっかりと把握できたと思います。他メーカー様のお酒についても時間のある限り利き酒させていただき、良好なお酒、難点のあるお酒どちらについても、「なぜそうなったのか」を自分の中で原因を推考し勉強させていただきました。
四年という歳月は物事の基準が変わるのには十分すぎる時間です。本年度の出品酒全体の傾向をつかみ、自分達が金賞をいただけた理由を探ることが来年度以降に向けて大切なことであり、気になった事は今から頭に入れておくことが重要だと思っています。
また、以前は一年に一度この会場でお会いできていた県外メーカーの杜氏・技術者の方々にも久々に会うことが出来ました。人間関係は数年会わなくてもそう簡単に変わるものではなく、コロナ前に戻ったような少し懐かしくもあり、ホッとする時間にもなりました。
私自身久しぶりの県外出張ということもありましたが、広島市内もインバウンドが復活しつつあり、お好み焼き屋の店内も宿泊施設ですれ違う方も外国人旅行者ばかり。ずっと蔵に閉じこもっていると世の中の流れにおいて行かれてしまうのでは・・・と普段とのギャップに怖さを覚えました。また、鑑評会出品酒も大切ですが、もっと外へ出て美味しいものを食べながら、市場調査も兼ねてお酒を飲み、市販酒トレンドに敏感でいなければ・・・と焦りを感じました。
オンラインで会話し、SNSで情報を得て、通販で物を買う世の中。正直言えばコロナによって忘れかけていた肉眼で見て実際に触れて肌で感じることの大切さ。そこから生まれる発想力がものづくりには必ず活きる。そう思って広島から帰ってきました。
酒蔵にとって七月から新年度となります。令和五年度の酒造りはどんな一年になるのか、私もワクワクとドキドキが止まりませんが、少しでも私達造り手の想いの籠ったお酒をお届けできるよう取り組みますので、宜しくお願いいたします。