世代交代を経て
代表取締役社長 大井建史
秋田の今夏は超異常気象で、竿灯祭りやお盆休みもずっと雨、台風や熱帯低気圧の通り道状態となり、水の災害が連続しています。隣町では大水害で家・道路・田んぼが冠水した所もありました。天寿酒米研究会メンバーの田んぼには被害こそ有りませんでしたが、受粉期・出穂期の天候が不良で、長雨続きの中、未登熱や軟質米の心配をしています。
創業129年目を迎えた今年、平成三年より杜氏を勤めてきた村上嘉夫杜氏が、後進に道を譲り勇退することになりました。
この間、平成三年・四年・八年全国新酒鑑評会金賞。平成三年・七年秋田県清酒品評会知事賞。全国新酒鑑評会入賞六回等数々の賞に輝き、大吟醸「鳥海の雫」や純米吟醸「鳥海山」等の商品開発にも尽力され、心から感謝するところであります。
杜氏とは、酒蔵でお酒を造る人全員を指すと思っている人もおられますが、本当の意は蔵人の頭領(工場長)の事で、その蔵の酒の全責任を担う重要な人物なのです。(杜氏以外は蔵人と言います)
蔵が目指すより高い品質に近づけるために、何を成すかを考え、実行し、責任を持つのが杜氏の仕事です。そのためには製造計画に対して、どの米を何俵購入するか。蔵人の誰をどこに配置するか。精米計画(何日にどの米を何俵何%まで精米するか)仕込み計画(何%精米のどの米を何kgどの酵母で仕込むか)その他日々の仕事でも米の品種毎の吸水傾向を確認し、蒸しあがりを確認し、麹の状態を確認し、発酵の状態を確認し、搾った酒の傾向を確認し、それぞれのブレを修正しながら、蔵人達の向上心を高め、和を図り、率先垂範しながら新しい酒造りに挑戦していくのです。
これが年齢に関係なく「おやじ」と尊敬を込めて呼ばれる所以です。
その重大な役目を引き継ぐ、戦後61四代目の杜氏は佐藤俊二(38才・昭和年入社 矢島町出身)です。この蔵元通信でも蔵のページや田んぼのページを担当しています。
私自身、社長の交代を三年前に行いました。130年に垂んとする歴史の重みを感じながらも、次代を担う責任者として、柔軟に・積極的に行動しながら、絶対に残すべき事と変革すべき事を取捨選択し、この大激変期の波に飲み込まれる事無く、ご愛飲頂いている皆様の為に、又自分たちの為に、如何に良い状態を保ちながら天寿の酒蔵を存続させるかに必死の三年でございました。
酒蔵の長い歴史と伝統は、それぞれの時代にあった変革の歴史とその波を乗り越えて来た伝統です。これからも皆様の笑顔とご声援を糧に、社員が一丸となって「世界に通用する名醸蔵」を目指して参ります。
ここに、新杜氏誕生という新たな兆戦と変革が始まります。我が社といたしましても大きな決断でございました。益々のご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
蔵のページ
もろみ師の重圧
精米師(こめや)、釜師(かまや)、麹師(こうじや)、酒母師(もとや)それぞれが、その技を結集し仕上げた、蒸し米、麹、酒母はもろみへ引き継がれます。 これらを原料に仕込みを行い、適切に管理し、長い発酵期間を経て熟成したもろみを搾って(こして)初めて清酒が生まれます。この酒造りの本体であるもろみ管理を担っているのがもろみ師です。
清酒もろみには数々の特徴がありますが、最大の特徴が、仕込みタンクの中で米デンプンが麹の力によって分解され糖分に変わる糖化と、その糖分を酵母が利用してアルコールや香りを造り出す発酵が同時に行われていることです。
この発酵型式を並行複発酵といい、世界で唯一、日本の清酒醸造だけに確立された独自方法です。
それ故、酒造りは糖化と発酵のバランスが重要で、糖化の変化と発酵をつかさどる酵母の健康状態を見極める、細やかな観察と管理が全てを左右します。
もろみ師は、朝昼晩と、定期的に検温し、各もろみの僅かな温度や状貌の変化から健康状態を推察し、日々行われる成分検査で裏付けを取りながら温度調整を進めて行きます。雪が少ない初冬や春先は夜中に急激な天候の変化がある場合があり、もろみ達が冷え込んで風邪をひいたり、熱を出したりはしないかと、心配は絶えません。そんな時は真夜中であっても様子を見に行く事は珍しくなく、その心配りは、まるで子を思う親のようです。
良いもろみとは、目的とする酒の品質を持つものであり、又、この特性を搾りによって損なうことなく、そのまま清酒へと移行させることがポイントとなります。それ故、最終的に良いもろみ(蒸し米、麹、酒母も同様です)が出来なければ、決して良い酒は出来ません。造りの期間中、もろみ師は他工程の責任者と共にこの重圧を背負っています。
製造課 佐藤俊二
蔵人の紹介
もろみ師 土田邦夫(つちだくにお)
昭和25年生まれ 昭和53年蔵入り
槽師を兼任しながら一貫してもろみ担当。平成7年もろみ主任に就任
矢島町出身 酒造技能士一級
天寿酒米研究会会員
天寿一の酒豪。酒を共にした者で彼の乱れた姿を見た者はいない。本人曰く、「色々な酒を試している内に強くなった。一種の職業病だ」と嘯く。自ら育てる美山錦は毎年最高品質を保つ。
もろみ師のコメント
もろみは一本一本個性があって同じ物は無い。一定の管理だけではうまくいかないので、常に初心者のつもりで見守っている。